見出し画像

ビジネスパーソンのための本づくり講座でえひめ丸事故について思い出した

自分が書籍を出せるテーマを持っているとは感じていない。

それはおそらくすでに一度博士論文を書きかけて博士課程を退学したからだ。
外務省に在職中に、大学の恩師がビールを飲みながら「博士号と盲腸は若い内にとっとけよ!」と言ってくれて博士課程に入学した。先生は伴走を続けてくれて、教授陣を集めてくれて私の誤字脱字だらけの論文を一度提出させてくれた。取材も終え、それに必要な発表も、外国の学者の推薦文もあり、後は推敲さえすれば提出できる。でもファイルを開いて読み返すたびに、手をつけることさえなくファイルを閉じてしまう。でもその時に発表した研究ノートは今も国会図書館にある。

米太平洋軍の同盟マネージメント対策と市民社会との連携 ―えひめ丸事故とその後の友好関係― https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/pr/pub/geppo/pdfs/08_3_2.pdf

貰い事故で9人の命が失われたえひめ丸事故

2001年2月9日に米海軍の潜水艦がハワイ沖で緊急浮上をして宇和島水産高校の実習船を沈没させた。その時、私は在京アメリカ大使館の政治部安全保障課に勤務していた。行方不明家族が宇和島から赤坂の大使公邸に駆けつけ、フォーリー大使を質問攻めにする場に同席していた。その直前に書記官から日本流の謝罪のお辞儀の角度を確認された。その通りに、背の高いフォーリー大使は腰から90度の礼をしてしばらく静止していた。

民主党から共和党への政権移行の真っ最中に起きた事故

民主党のクリントン政権下に大使となったトマス・フォーリー元米連邦下院議長は、労働組合の支持をバックにした元はワシントン州スポケーン選出の議員だ。今もエマニュエル大使という強烈な政治家だが、あの時代も政治家出身の大物大使がいた。

この事故が起きた時にはブッシュ政権に代わっていて、フォーリー大使は帰国の準備をしていた頃だ。
それからほぼ一年経ち、共和党のハワード・ベイカー大使が妻のナンシー・カッセバウム元連邦上院議員と着任した。コリン・パウエル国務長官によるとレーガン政権で大統領首席補佐官も務めたベーカー元上院議員の任命は「ナンシーまでセットで付いてくる儲けもの!」とのことだった。

当時の私にアメリカ政治の知識はない。大使と書記官たちの間でどういう議論が交わされて事が進んだのかも知らず、現場には居合わせた。
アメリカ国籍の大使通訳がまだ着任して間もないと言う理由から、えひめ丸事故犠牲者合同慰霊式では私が大使夫妻の通訳を務めることになった。
慰霊式では、大使ご夫妻がご遺族に声をかけて握手をして回った。その際にご遺族が「本当にありがとうございました」と両手で大使ご夫妻の手を握る姿が印象的だった。怒りや悲しみではなく、寛容や静寂を感じた。
その時の模様は、ナショナルジオグラフィクス社の「Ambassador: Inside the Embassy」で放映された。後日一人鑑賞しながら自分に嗚咽を許した。

ハワイの総領事館に着任して7回忌の準備でご遺族に対面

その3年後に外務省に入省して、2006年にホノルル総領事館に着任してまもなくえひめ丸事故の7回忌があると知り、宇和島市との調整役を買ってでた。総領事への挨拶にご遺族代表が来たときに同席していた私が「覚えていますか」と水口夫妻に声をかけるとあっ、と驚いた表情をされた。

水口さんは宇和島市の職員で、ご遺族の代表を務めていた愛媛の人らしい穏やかで朗らかなご夫妻だ。「うちら総領事館に足を向けて寝られんよ」と笑顔で水口夫人に言われたこともある。9人の犠牲者の中で唯一息子さんのご遺体が上がらなかったのが水口さんである。

外務省や海上自衛隊、ハワイの現地の方には自分よりももっと事故当時に密接に関わった方々がたくさんいて、そのコミュニティさえある。傍観者でしかなかった私はその一員ではない。それなのに博士論文を書くにあたって、水口さんや市のご担当だった清家さんが中心になって宇和島での取材を手伝ってくれた。夜にはえひめ丸の曲を作曲したウクレレ奏者のジェイク・シマブクロも交えて、じゃこ天や地元の料理を食べた。水口夫人の発言はこの時かもしれない。

外務省調査月報の研究ノートを書き終え、公表前には水口さんにも読んでもらった。真実が述べられてる、との言葉が重かった。

えひめ丸事故についての本なら書いてみたい

アメリカ政府や外務省やご遺族との間には、メディアで書き立てられている内容と違う交流があった。ホノルル総領事館を去る前に、ホノルルで勤務する人には皆この事故を理解してほしい、ハワイのコミュニティが何をしたか、事故当時外務省の先輩達がどう関わったかを知ってほしいと思って研究ノートと言う形で残した。

学術分析ではなく、この事故の当事者やご遺族に報いるために尽力した人たちのために何かを残せないいあ。えひめ丸事故を風化させず、誰かを悪者にしたてることのない内容でご冥福を祈れないか。

また宇和島を訪ねてみたい。

https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/usa/hawaii01/ugoki.html


いいなと思ったら応援しよう!