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「不安」とオリエンテーリング~サルオリ補遺~

 お久しぶりです。国沢@トータスです。アドベントカレンダー(裏も含む)もこれで3回目の投稿となります。(2017「徒歩OLとはなんだったのか、2019「OMMという新たな魅力」)

 今回はぐっと趣を変えて、技術論です。こう見えても技術には一家言あります。それはフィジカルに劣る自分のオリエンテーリングにおける拠り所だったのかもしれません。そして、あくまでも自分のオリエンテーリングスタイルから導き出された極端な例です。でも、それが誰かに響いてくれれば、本望です。

 この文において、貴重なアドバイスや示唆をくれた、同じトータスの宮川早穂さん、浜宇津佑亮さんに感謝を表します。では、少々長いですが、お付き合いください!

はじめに

 拙著「サルでも走れるオリエンテーリング教室」を書いてから、ちょうど30年が経つ。
 当時、自分が作った大学クラブが3年目を迎えるところで、大学を休学し北欧にオリエンテーリング留学をすることになった。その間、指導者がいなくなることを危惧して、年末年始にワープロに向かって書いたのが、サルオリだ。

 今読み直すと、学生らしい読みづらさや論の荒さが散見され、お恥ずかしい限りだが、当時の技術書はTips集的なものが多く、オリエンテーリングを分析的に掘り下げるようなものはなかったように思う。はじめはB6の冊子でテキストオンリー、学内だけのつもりだったが、茨大OLDの創設者、福留潔くんが自分のところでも使いたいということで、図を入れPDF化してくれた。それが今なお読み継がれ、いろいろな人に役に立ったと言ってもらえるのはうれしいことだ。福留くんありがとう

 さて今回、久しぶりに技術論を書くにあたり、いろいろ考えた末、このサルオリで足りなかったと思われる部分を補完することにした。それは8章の「不安とミス」の部分に加わるものだ。実はこの章は、書いた当時もうまく書けなかったパートとして、悔いが残っていた。30年の時間を経て、当時の状況とは違うし、オリエンテーリング論も進化している。そのことを踏まえ、より包括的な形で書いてみたい。

「不安」とオリエンテーリング

 オリエンテーリングは「頭の中のスポーツ」と言われる。地図から得た情報を整理し、プランを組み立て、地図からイメージしたものを現地と照合させながら、次に出てくるものを予測し、イメージと違えばあらゆる可能性を検討し、瞬時に判断を下す。それを走りながら進めてゆくのだから、実に高度なスポーツである。だが、この高度な処理を妨げるものがある。それが「不安」だ。

 「この道で合っているのか」「この直進は当たるのか」「まだフラッグは見えないが大丈夫か」「地図では白いはずなのにヤブいのはなぜ」・・・

 このような「不安」が生じ始めると、スピードは低下し、積み重ねたルーチンは止まり、ひどい時には立ち止まらざるを得ない。それどころか、一歩も進めなくなり、森の中立ちすくむことになる。それは、初心者ほど顕著だろう。

 では上級者やエリートと呼ばれる選手は、この「不安」とどう向き合っているのか?もちろん彼らにも不安はある。だが、結論から言えば、彼らは「不安」を飼い慣らしている。更に言えば、「不安」こそが、ミスを未然に防ぐ鍵にもなっている。

 この稿では、「オリエンテーリングにおける不安との付き合い方」について論を進める。それは初中級者には、上級者になるステップになるはずだし、上級者にとっても、自らのオリエンテーリングにおける気づきとなるはずだ。また、不安を分析することで、自らのオリエンテーリングを見直す機会になることを期待したい。やや長文だが、最後までお付き合い願いたい。

オリエンテーリングにおける不安とは

 一般的に不安とは、「対象のない恐れの状態」を指すという。漠然として気味の悪い心理状態良くないことが起こるのではないかという感覚に支配される。そういわれれば、オリエンテーリング中にも思い当たることは大いにあるだろう。それまで正しいと思っていたのに、漠然とした不安に襲われる、このルートチョイスはあっているのか、イメージしていたところにフラッグがない、もしかするととんでもない場所にいるのではないか・・・など枚挙にいとまがない。それほどオリエンテーリング中、選手は常に不安と戦っている

 では、なぜ不安が生じるのか?オリエンテーリング中に、漠然と、良くないことが起こる感覚は、どのようにして生じてしまうのだろうか。ここでは、オリエンテーリング競技の思考と行動に即して、その要因を見ていこう。

① 地図の理解における不安
 まずそもそもの地図の理解によるもの。つまり地図記号や地図表現を十分に理解できていないことから、不安が生じているケースがある。初心者によくある、尾根と沢の区別がつかない、地形のイメージができない、もっと言えば、地図記号が分からない、といったこともあるだろう。要は、地図読みに自信がないことから生まれる不安だ。また上級者でも、地図がイメージと合わない事から生じる不安もある。これは地図そのもののが間違っている、もしくは表現方法が自分とフィットしないといった場合などだ。これは前者とは不安の理由が根本的に違うが、地図表現が不安を生み出していると言う意味では一緒だ。

② ルートチョイス・ルートプランにおける不安
 大雑把な地形を把握し、ルートを見つけ、ルートを組み立てる一連の流れの中で、不安を生み出す要素はどこにあるのか。ステージ毎に検討してみよう。

・ルートの発見
 ルートチョイスにおいて、ルートの発見が不安を生むケースは限られている。正しいルートが選択されているか、他にベストルートがあったのではないか、もしくは途中で他のベストルートに気がついた場合、などであろう。一方で、ベストルートがあっても気づかなければ、それは不安にはならない。そう、人はその存在に気づかなければ、不安は生じない。これは重要な示唆である。

・ブロック化及びXP、CPの設定、作戦・戦略の選択
 ルートプランにおけるルートのラインによるブロック化、そしてXP(クロスポイント・ラインとラインを乗り換えるポイント)、CP(ライン途中の距離や方向を確認するポイント)の設定、さらに個々のラインにおける作戦・戦略の選択、この一連のルートプランの流れは、不安を生み出す源泉と言っても過言ではない。オリエンテーリング競技における不安の源流の多くは、このルートプランにある。(この項、サルオリを参照)

 まずルートプランそのものをせずに動き出すと、途端にいまどこなのか、次はどこに行けば良いのか、様々な不安が顔を出す
 さらに、ルートプランをちゃんとしたところで、XPが意識されていなければ、はじめはスピードに乗って走り出しても、さてどこまで行けば良いのか、次に乗り換えるラインはどうやって入れば良いのか、とXPが近づくにつれ、不安は増す。CPも同様だ。ラインのどこまできたのか、そもそもこのラインで合っているのか、辿るにつれ不安は大きくなるばかりだ。
 そしてラインにおける作戦・戦略が、そのライン辿りに適切でなかったり、また自らの技術力に適さないものを選択してしまうと、スピードは上がらず、不安が募る結果となる。

 ルートプランにおける流れの中で曖昧さがあれば、どれもがその後の不安の温床となる。これも重要な示唆だ。

③ 実行における不安
 さて、実際にプランを実行する際の不安を考える。それには大きく2つの不安があると思う。
 1つは、実行そのものが不安の種になるケース。もう1つは、それ以前のプランなどに不安の種があり、実行中に不安が生じるケースだ。

 後者に関しては、ルートプランの項で触れたとおり、その不安の原因はそれまでの曖昧さが不安の種を作り出している
 一方で前者、実行そのものが生む不安とは、正しい尾根をたどれているのか、直進が合っているのか、といった、行動そのものの質に原因があるケースだ。
 例えば、普段から100mの直進しか当てられない選手が300mの直進を求められれば、果たしてうまくいくのか、大きな不安が生じる。複雑な尾根辿りをする場合、細かく正置を繰り返す技術が未熟であれば、いまどこにいるのか、常に不安と戦うこととなるだろう。
 これは一言で言えば、実力不足が招く不安だ。

 また海外のナビゲーションが難しいテラインで、コンプリートロストしてしまう時なども、この実行の力が足りないことによる。ことがほとんどだ。

 さらに、ちょっと視点を変えて見ると、走りそのものの不安も実行における不安である。このスピードで走りきれるのか、いやそもそもこんなスピードでライバルに勝てるのか?そうした不安も、レースそのものを難しくする要因になり得る。

オリエンテーリング中の不安を減らすには?

 さて、以上で思考行動の流れの中で、不安の要因を見てきた。不安の要因を整理すると・・

実力不足から来る「不安」
 地図表現の理解不足や直進技術など実行力の不足から来る不安。そして自分の走りに対する不安。こうした不安を解消するのは、日頃からの練習に尽きる。
普段からの充実した体力トレーニング、走るクラスの技術レベルに即した地図読み技術の習得、直進や正置などの基本技術の向上が不安解消につながるだろう。

・曖昧さから来る「不安」
 プランやXP、CPの選択を疎かにすると、結果として実行において不安を生み出す。
 つまり、自分にとって不安のない範囲の技術力を選択し、プランを明確にすることが、不安のないオリエンテーリング、つまり立ち止まらず、スピードに乗ったオリエンテーリングをする上での近道になる。

・集中力欠如から来る「不安」
 これは今の流れでは特殊かもしれないが、ライバルのことを考えてしまったり、ルートプランで別ルートを探してしまったりするケースだ。これは、実行のルーチン、つまりテクニックに集中し、たゆまずマップコンタクトを行い、次に目指すものを常に意識するなど、いまレースで行うべき事をきちんと実行し続けられれば、レースそのものに集中し、余計なことを考える時間はなくなるはずである。

 ということで、まとめると、レース中の不安を減らすには、

<事前>
・出走するクラスレベルに即した、技術、体力、読図力を身につける。そのための練習を怠らない。

<レース中>
・自分の技術・体力レベルに即した、ルートチョイス、プランをきちんと行い、XP・CPなど全てを曖昧にせず、一つ一つ確認、集中して実行してゆく。

 ということになる。
 いかがだろうか。
 以上を実践し、レース中、常にその先に不安のない状況を作り出せば、自信に満ち、スピードに乗ったレースが出来るはずである・・・

 だが、実は本稿のポイントはここにはない。ここまでは、前提である。問題はこの先だ。

 以上のようなことをやっていければ、不安は解消されるはずなのだ。
 だが、それが分かっていても、私たちは、なぜかいつまでたっても不安を抱えながらオリエンテーリングをしてしまう。どれだけ入念に準備しても、どれだけ明確なプランを立てても、ふとした瞬間に不安は頭をもたげ、いつまでたっても不安の呪縛からは逃れられない。いや、そもそも不安になるとわかっていても、なんとなくしか地図を読まず、プランも曖昧なまま走り出してしまってはいないだろうか

 一方で、エリート選手はそうした不安を乗り越え、トップスピードを維持したままレースを走りきることができる。それはなぜなのか、違いはどこにあるのか、そしてどう対処して行けば良いのか、を考えるのが、本稿の目的だ。

不安の「棚上げ」

 まず考えたいのは、不安に対する対処である。

 例えば、初級中級者に多いのは、不安を感じつつもとりあえず進んでしまう、というパターン。プランは曖昧なのになんとなく行けそうなので動き出してしまったり、直進が簡単に当たるわけはないのにエイヤッと行ってしまったり、フラッグがきっと目の前に出てくるはず!と思い込んだり・・・皆さんも初心者の頃の自分を思い出すと、思い当たるのではないだろうか?

 その時の選手の心理をいま風に言えば、「リスクを取っている」
 不安など関係ない。うまくいけば当たるだろうし、うまくたどり着けるかもしれない。
 本来やるべきタスクを行わず、身につけるべき技術を身につけないまま、リスクのある行動をする、いわば冒険的である。確かにそれもオリエンテーリングの一つの楽しみ方なのかもしれない。ある意味、不安を楽しんでいるのだ。

 だが、それを今までの議論から考えると、不安を「棚上げ」しているに過ぎない。リスクは、いつかミスにつながる。リスクそのものを楽しんでいる限りは、いつまでもミスはなくならないし、不安は頻繁に頭をよぎる。

 オリエンテーリングは経験のスポーツと言われる。そのため経験を積み重ねていけば、学習によりある程度地図は読めるようになり、技術的にも向上していく。

 ところが、リスクを取ったオリエンテーリング、つまり不安を棚上げすることに慣れてしまっていると、いつまで経ってもミスはなくならず、立ち止まったりすることは減らないため、オリエンテーリングのタイムは向上しないままになりがちだ。
 このタイプの競技者がステップアップするためには、この不安の棚上げの癖をやめなくてはならない正しいルーチンを身につけ、今何をすべきなのかをきちんと把握し、不安と向き合う癖を付ける必要がある。

不安を「押さえ込む」

 さて、もう一つ初中級者にあるのは、とにかく不安になり、立ち止まってしまうタイプだ。地図の理解が十分でなかったり、実行テクニックが未熟だと起こりがちで、その場合、どれだけ明確にプランしたところで、実行面で不安がよぎり、スピードをあげることが出来ない。もちろん地図読みや実行力が上がれば、次第に立ち止まりは減っていくはずだが、今回のテーマである、不安面からのアプローチも不可欠だ。
 
 そんな彼らが行うべき対処は、「不安の押さえ込み」だ。
 一見、「不安の棚上げ」と似ているが、微妙に違う。「棚上げ」は上げたままだが、「押さえ込み」は、その場での不安を我慢し、その先で不安を明確に解消できなければならない
 つまり、不安を感じても、その先により確実に不安を解消できるポイントを設定することで、ちょっとした心の不安をやり過ごし、先にある「大きな安心ポイント」まで進むというものだ。

 プランをしっかりやるという前提で、XPやCPの優先順位付けや、大きな地形の理解、さらに、実行時に常にわかりやすく優先的な特徴物は何か、を考える癖を身につける。またいつまでも不安をやり過ごそうとすると、結局、不安は拡大するばかりなので、なるべく早く解消しなければならない。地図の理解を深め、明確なものとそうでないものを習得する必要がある。

不安の「閾値」

 これまで書いてきたように、オリエンテーリング中の「不安」は、立ち止まったり、スピードを落としたりする要因であり、「不安」を無視することはミスにつながる。そういう意味では、「不安」はオリエンテーリング選手にとって、忌むべきもののように語ってきたが、実は、そればかりではない。
 「不安」は使いようによっては、大きなミスを防いでくれる役割を果たしてくれることもある。

 それはトップ選手レベルの話だ。常にトップスピードでナビゲーションを行う選手は、積み上げてきた技術と体力、さらに研ぎ澄まされたプランニングにより、レース中の不安を最小限に抑える術を身につけている。そんな彼らにとって、レース中の漠然とした不安、小さな違和感は、いわばセンサーだ。地図から読み取ったものといま見えたもの、そこから感じるイメージの違いが、方向のずれやちょっとした勘違いのヒントとなる。

 もちろんそれに気づくためには、不安を感じる感覚を極限まで研ぎ澄ませる必要があり、またそのセンサーが敏感すぎれば、スピードが落ちてしまう。どの程度の違和感がミスの芽なのか、それとも押さえ込むべき不安なのか、その見極めが重要だ。

 ここでは、その見極めのポイントを「不安の閾値」と呼ぶこととしたい。

 オリエンテーリングの向上において、不安そのものを減らすと同時に、この不安の閾値のラインを上げていくことが鍵となる。
 先ほどの不安の棚上げや不安でむやみに立ち止まってケースも、各自の「不安の閾値」が正しく設定されてないことにより、起こるものだ。

 不安ときちんと向き合い、読図や技術レベルを上げ、明確かつ適切なプランを行い、確実に実行することで、不安を感じる閾値をできる限り向上させる。それが、オリエンテーリングの「不安」との付き合い方である。

「不安の閾値」をどのように上げてゆくか

 「不安の閾値を上げる」とは、「不安」を感じるレベルを限りなく引き上げ、センサーとしての「不安」を使えるようにすることを目指すものだ。
 まず注意すべきは、「不安」のレベルを引き上げるのは、「不安」を無視したり、軽視することとは違う。「棚上げ」になってはいけない。「不安」と向き合いながら、その不安を克服する根拠、つまり「自信」を積み上げていく必要がある。

 日常のトレーニングは、走力や体力の不安を払拭し、アナリシスは、戦略的な正しさを積み上げ、明確なプランは、実行面での迷いを振り切ることになる。もちろんその全てにおいて自信を積み上げられれば、それに越したことはない。

 だが、まずその中の一つでも、自分の中での自信を積み上げることができれば、それが不安解消の鍵となるだろう。一つでも特化した特徴があれば、まずはそこに賭けてみるのもいい。他の不安を打ち消すほど強力な武器を持つことが出来れば、それが全体の閾値を上げることにも繋がるはずだ。

 重要なのは、その自信に「根拠」があることだ。根拠のない自信は、不安の棚上げと同様、より大きな不安を生み出してしまう。とは言っても、オリエンテーリング技術に、正解がある方が珍しい。トライ&エラーの積み重ねにより、自分なりの正解を見つけ、自信を積み上げてゆく。それが自分の中で根拠となり、レース中の不安の閾値を引き上げてくれるだろう。

 やや余談になるが、オリエンテーリング技術の向上に時間がかかるのは、このように多方面での自信の積み上げが必要なことが大きいように思う。またオリエンテーリングは、その技術を見て覚えることが難しい。それも自信の構築に繋がりにくい理由だろう。
 一方で突然変異的に、上達が早い選手もいる。その選手は、自信の構築の仕方がうまく、自分で出来ることとできないことをうまく仕分け、使いこなすセンスを持っているのではないだろうか。オリエンテーリングに向いた資質といえるだろう。

「不安」を飼い慣らす

 以上のように、オリエンテーリングにおける「不安」の重要性について述べてきた。
 レースにおける様々なミスやタイムロスの影には、必ずや「不安」が潜んでいる。「不安」をコントロールすることは、ナビゲーションスポーツの鍵であり、楽しみの1つでもあると思う。
 自分の中の「不安」をうまく飼い慣らすこと。
 それがオリエンテーリング上達につながる道であるとともに、様々な「不安」が潜む、いまの時代を私たちが生きていく指針になるはずだ。

おまけ:「スタイル」と「不安」 

 先日の、北見くんの記事には、大変感銘を受けた。そこで、上記の「不安」理論と北見くんがテーマとした、スタイルについて考察して、この稿を閉じたい。

 北見くんの提案した「スタイル」や「戦術」という考え方は、サルオリで提示したオリエンテーリングをどう理解し組み立てるかをさらに一歩進め、速く走るために、どうテクニックを組み合わせてゆくか、を考察したものである。これはサルオリが、あくまでオリエンテーリングをうまくなるための理論的理解であり、速くなるためについて論じていない事に対し、北見くんの論考は、速いオリエンテーリングとは、をテーマにしているところが大きく違う。
 だが、実は今回の「不安」についての論考は、サルオリの補遺といいながら、うまさだけではなく「速さ」について踏み込んだものだ。そういう意味で、不安の話とスタイルの話は、同じ地平にあるといえる。

 さて、その上で、北見くんの提示する、それぞれのスタイルを「不安」の観点と併せて論じてみたい

 まず「地図先行型」について。「地図から頭の中でイメージを作り、地図の上でオリエンテーリングをしている状態」「コントロールされた状態でオリエンテーリングをするスタイル」であるならば、今回の私が提示した、事前のプランを徹底し、不安を極限まで減らすタイプに近いと考えられる。後半で出てくる「ヌルヌル型」もそうだ。

 では、一方の「現地先行型」はどうか。「現地情報を最も大切にし、リロケートを要として使う」「ずれは仕方ないと割り切り、そのずれを最小限に抑えて元に戻せるか」。これは、不安を減らすのではなく「押さえ込む」ことで、その先で強力なリロケート能力により一気に解消する、というモデルだろう。リスクが大きく、リロケート能力に大きく頼ることになる一方、不安をできる限り押さえ込むことで、極限までスピードをあげることができる。

 北見くんは、どちらも極端であり、それぞれのスタイルは、その割合であると書いている。それを解釈すれば、その間にあるのは、どの程度、事前にプランを綿密にすることで、不安を減らし、スピードを落とさないようにしようとするか、それとも、プランを最小限にして、不安を押さえ込み、それよりもスピードを上げようとするのか、とのせめぎ合いではなかろうか。

 そこで気づくのは、「ヌルヌル型」や「不安」理論で求めているのは、あくまでも「スピードを落とさない」。一方で、北見くんのスタイルでもある「現地先行型」「ゴー&ストップ型」は、「いかにスピードを上げるか」を重要視しているように思う。そこにある「オリエンテーリングの速さ」についての解釈の違いが面白い。
 一方で、どちらのスタイルにせよ、自分の不安への対処法が、どちらの方が自らの性格的に合っているか、を考える必要もありそうだ。スタイルや戦術を選ぶ参考として、普段の自分の「不安」への向き合い方、リスクへの考え方も参考になると思う。

 最後に、北見くんの理想とする形、「全力で走りながらも見える範囲の現地情報を全て瞬時に地図に落とし込める状態で、負けではないルートチョイスを選べる程度の地図情報を抜き取りが出来る」というスタイルは、人間が生来持つ「不安」より、スピードと自信に満ちた、より感覚的、野性的なスタイルに見える。
 ミスをしないオリエンテーリングより、常に自信を持ち、スピードを重視するスタイルは、日本のオリエンテーリングの新たな進化を予感させてくれる。

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