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「喫煙専用室」と制度設計の狡知

 非喫煙者には実に忌々しいことだが、改正健康増進法では「喫煙専用室」というものが認められている。
 しかし、これは何だろうか?
 私はずっと不思議に思ってきた。だが、この疑問に答えてくれる人に私は出会ったことがない。
 本稿では、この「喫煙専用室」なるものに対して、その不可解さを析出してゆく。その過程で徐々に、改正健康増進法の背後にある本当の立法目的が姿をあらわすだろう。

 まず、改正健康増進法には「経過措置」というものがある。詳細は、以下の厚労省のサイトを参照してほしいが、「加熱式たばこ専用喫煙室」と「喫煙可能室」は、近々、国が一声「はい終わり」と発すれば、たちどころに雲散霧消するものでしかない。
 激減した喫煙場所を求めて「まだ電子タバコならば許されるから」とばかりに、長年慣れ親しんできた紙巻きタバコから、ため息をつきつつ、わざわざ高額の費用をJTに上納してまで電子タバコを購入した人たちは、上記の国の終了宣言で愕然とすることになるだろう。

 しかし「喫煙専用室」は、経過措置ではない。永遠かどうか知らないが、少なくとも現時点では、経過措置ではない。
 国は、なぜ、この「喫煙専用室」を認めているのだろうか?

 彼らは「受動喫煙の防止を実現できる一定の技術要件を満たしているからだ」と回答するに違いない。
 では、誰に対する受動喫煙が防止されているのだろうか?
 もちろん、店舗内に存在する従業員やお客に対して以外ではあり得ない。

 つまり、国は「喫煙専用室」なるものを認めることによって、店舗内での受動喫煙リスクは許容範囲内にあると認めていることを意味する。ここが決定的に重要だ。
 では、なぜ、受動喫煙リスクが許容範囲内にある「喫煙専用室」であるにもかかわらず、そこでは飲食が不可なのだろうか?

 この理由が、私には、よくわからない。誰に聞いても(厚労省に電話してもネットで検索しても)わからない。
 一つの理由としては、非喫煙者である従業員が受動喫煙のリスクに晒されるからだ、というものがあるのかもしれない。
 しかし、この「喫煙専用室」の中で飲食をしようがしまいが、従業員は、少なくとも清掃はしなくてはならない。飲食のオペレーションは受動喫煙のリスクに晒されるが、清掃のオペレーションは、そのリスクに晒されないとでも言うのだろうか。清掃のオペレーションもリスクに晒されるとすれば、なぜ「喫煙専用室」のリスクは許容範囲内にあると国は認めることができるのだろうか。
 ここには何か首尾一貫しないものがあるのではないか。

 ところで、従業員の雇用条件として「喫煙者であること」を明示すれば、受動喫煙のリスクという問題そのものが消失する。
 これは、ごく自然な解決だろう。昨今、激増している「非喫煙者であること」を雇用条件とするのと対称的かつ平等に、今度は「喫煙者であること」を雇用条件にすれば済む話だからだ。
 つまり、この場合には「喫煙専用室」で飲食ができない理由も消失する。

 しかしながら、従業員が喫煙者であれば、もはや「喫煙専用室」で飲食できない理由がなくなるとすれば、それは店舗全体が喫煙空間となる「喫煙専門店」の一歩手前である。
 ここで決定的な疑問が浮かび上がってくる。

 なぜ、国は、この「喫煙専門店」を認めないのか?
 逆に言えば、なぜ、国は、喫煙空間を敢えて「喫煙専用室」として(従業員が喫煙者であろうがなかろうが)非喫煙者の客が同居する店舗内にしか認めないのか?

 もし私が非喫煙者であれば、たとえ国のお墨付きの「喫煙専用室」であったとしても、そんなものがある店舗に行きたくはない。
 どうしても行かざるを得ないとしても、機会さえあれば、喫煙を永久に撲滅すべく、店舗にクレームをつけたいとの思いを強烈に刺激され促進されるだろう。何しろ目の前には「喫煙専用室」に出入りする唾棄すべき喫煙者どもの一群がいるのだから。
 このような機運が澎湃として高まったとき、国は果たして自らが認めた「喫煙専用室」なるものを断固として擁護するのだろうか?

 そんなことはあり得ない。
 世論の高まりを好機として、この「喫煙専用室」なるものを永久に葬り去るに違いない。何しろ世論が要求しているのだから。
 議会もまた、集票の好機として、呆れるくらいに踊り出すだろう。

 問題の構造は明白である。

 改正健康増進法の不可解さは、受動喫煙の防止という目的を達成するためには空間分煙をせざるを得ないという適合的な方法を、店舗自体を区分するのではなく、わざわざ非喫煙者が同居する同一店舗内でしか空間分煙を認めないという無理な方式を排他的に採用したことに由来する。
 ここには、敢えて無理のある共存を制度化することによって、この共存そのものを崩壊へと導く国の隠された意図が存在するのではないか。
 これこそ制度設計の狡知とも言うべきものではないか?

 改正健康増進法の設立過程で、国は一体どのような検討を行ったのだろうか?

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