漫文駅伝特別編『俺流の弱者の兵法』第2回 松尾アトム前派出所
私は幼少時代からプロ野球ファンである。
小学生の頃「名選手は名監督にあらず」なんてワードをよく耳にした。
国語算数理科社会名選手は名監督にあらずくらいのペースで耳にした。
小学生時代よく耳にするおなじみフレーズ「家に帰るまでが遠足です」よりも耳にしている。
もはや家に帰り過ぎて母親の実家に帰るまでが遠足です!くらいの勢いなワードなのだ。
それはなぜかというと野球中継で解説者が口にするのを耳にしたこともあるがなにより私の父親がよく口にしていた。
近所の野球好きのおじさんもよく口にしてましたね。
まあ、農家つうのはフレーズ一本槍みたいな方が多いんですよ。
(私の親もその近所のおじさんも農家です)
私の父親は巨人ファンである。
子供が好きなものが巨人大鵬卵焼きと呼ばれた時代に少年期を過ごした巨人大鵬卵焼き世代の男みたいですね、どうやら。
その巨人軍をスーパースター長島茂雄さんが監督就任一年目1975年に常勝球団ジャイアンツが最下位に沈んだことがあります。
その時期にやたら「名選手は名監督にあらず」なんて口にする人が増えたのでしょう。
さて前置き大鵬卵焼きはこのくらいにしといて
今回の主題に入ろう。
この連載の2大英雄である野村克也さんと落合博満さんはどうだろうか!?
名選手であり名監督ではありませんか!?
野村さんが監督をやりその後落合さんが監督をやってからというもの「名選手は名監督にあらず」なんて言葉は聞かなくなりました。
私は野村さんの現役時代は直撃できなかったが
私が小学校3年の時に伝説のロッテ中日1対4トレードで落合さんが中日の4番になりました。
私は名古屋の隣である長野県に住んでいたので中日ドラゴンズの試合はテレビ中継されることがよくありました。
ちびっこの頃の私は落合選手に夢中だった。
縦笛でもポッキーでも背筋を伸ばしたミミズでも棒状の物を持ったら思わず神主打法の構えをしてしまう小学生になってしまった。
小学生の頃の私の写真を見ると中日ドラゴンズの帽子をかぶっている。
どうやら私は中日舞の海ハンバーグ世代なのでしょう。
突然舞の海ハンバーグが飛び出してしまいましたがその舞の海さんの得意な三所(みところ)攻めでなぜ野村さんと落合さんが名選手であり名監督になれたかを今回考えてみましょう!
この場合ふたりの共通点の中から3点選ぶわけですが私の三所攻めはこうです。
①鳴り物入りではない。
野村さんは南海ホークスのテスト生の入団。
しかもテスト科目の遠投においては合格ラインの遠投距離まで満たず投げる位置から前に出て投げてノルマをクリア。
自他ともに認める違反を使って入団。
そして1年目と2年目は「カベ」と呼ばれただのブルペンキャッチャー。
しかも1年目終了後結果的に辞めずにはすんだが球団から解雇通告をくらっている。
落合さんは高校時代は野球部を8回退部し、
その後東洋大の野球部で先輩が後輩に威張り散らかすなどの野球部の古い体質になじめず退部、そのまま大学も中退。
故郷に戻りボウリング場でアルバイトをしてその後東芝府中を経てドラフト3位でロッテに入団。
どちらも今と違って人気がなかった頃のパ・リーグ出身。
誰にも注目されないプロ入り。
20代前半は不遇の時代。
しかし、そこから這い上がっていくのだ。
矢沢永吉さんの成り上がりイズムというか
ビートたけしさんの浅草のエレベーターボーイから世界の北野や豊臣秀吉の信長の草履取りから天下人へのような大出世街道のご両人なのだ。
その街道は男の子心くすぐりサンダーロードである。
そうやって考えてみると私はずっと草履取りだな。
懐で温めてる草履もあったまり過ぎてもはや極暖ムートンブーツにでもなってるとお考えください。
②誰よりもバットを振ったと自負している。
「俺は誰よりもバットを振っている!」
これは野村さんも落合さんも言ってる言葉だ。
落合さんは「王さんは俺よりもバットを振っていると思う」とも言っている。
努力が結果(数字)になり結果が自信になっている。
ついでにイナダがワラサになりワラサがブリになるのだ。(関東バージョン)
おそらくバットサイドも「野村さんや落合さんにはよく振られたなあ〜」って証言すると思う。
煙に巻くようなことを言う奴が多いこのご時世で
努力は裏切らなかったを表現したわかりやすい一言だ。
即ち、竹を割ったような一言を言える奴が名選手で名監督なんだぜ、たぶん。
③本が面白い!
すべてのプロ野球選手本を僕も読んだわけではないが、40人くらいの野球選手本を読んだなかで判断すると野村さんと落合さんの書いた本が圧倒的におもしろい。
野村さんや落合さんの本がスイカなら
他の野球選手本はスイカバーくらいの違いがある。
いや、待てよ!
夏場よく思うがスイカよりスイカバーの方が美味いか。
もっと簡単にわかりやすく書こう。
私の感覚でいえば横綱(野村落合本)と十両(その他の野球選手本)くらいの差があると思っている。
やはり面白い話(興味深い話)ができなければ人はついてこないのだ。
昔の野村さんや落合さんの本を読めばわかるが若い頃から野球理論が確立している。
現役時代から頭を使って野球をしてきたからこそ監督になってもその経験が生かされるのだ。
さて、私の三所攻めで読者を押し出すことができたかわからないがこの連載は常に答えを探している途中の場面である。
あらゆる角度から野村さんと落合さんを深掘りしていきたい。
あと文中1975年長嶋ジャイアンツが最下位に沈んだ話のくだりがあるが補足をくわえると翌年はリーグ優勝している。
文中の書き方だと長嶋茂雄さんは名選手であるが名監督ではないみたいになるがそんなことはない。
話の持っていき方上こういう書き方をしているだけで長嶋茂雄さんは選手としても監督としてもスーパースターである。
そして野村さんと落合さんの共通点にはどちらも長嶋茂雄さん好きというのもある。
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