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漫文駅伝特別編『俺流の弱者の兵法』第3回 松尾アトム前派出所

私はプロ野球選手が書いた本を読むことが多いが野球選手の著書を読む際のひとつのポイントとして「巨人の4番をどう語るか!?」というのがある。
やっぱり野球は巨人だし巨人の4番は凄いのだ。

しかし、大体の野球選手本では巨人の4番についてのページはあまり登場しない。
中日の2番や楽天の8番や麻布の十番の話などはあるかもしれないが
(ん?3つ目何か違うぞ)
かなりの実績と相当な大物でないと巨人の4番をああだこうだとは言えないんではないだろうか。
まあ、巨人軍のOBの方が現役の4番について記述するようなパターンはあるが
はっきり言ってそのくだりを読んでその本を読み終わる頃には内容は忘れている。
あと私は田舎の床屋さんで待っているときに植田まさしさんの4コマ漫画を読んでいるが内容を全く覚えていない。参考までに。

さあ、前置きとどうでもいい余談はもういいだろう。
そろそろこの連載の2大英雄に登場していただこう。
野村克也さんと落合博満さんの著書にはもちろん巨人の4番について触れるページは存在する。
それはそれは野村節と落合節が炸裂している。
とても興味深い。
今回はハイライトを先に言おう。
野球選手本で巨人の4番を語るのは落語の大ネタみたいなものなのではないだろうか。
その難関な大ネタにもかかわらずさらに面白くしてくれるのが野村克也さんと落合博満さんだと私は言いたいのだ。

落合さんの書籍数より野村さんの書籍数の方が圧倒的に多く野村さんはその時代その時代の著書で巨人の4番について記述している。
その中で比較的お互い近い時期に出版した本で同じ巨人の4番を語っている著書を発見した。
野村さんの若い頃の著書「敵は我にあり」「続・敵は我にあり」とこれまた落合さんの若き日に出版した「なんと言われようとオレ流さ」。
こちらには当時の巨人の4番打者原辰徳さんについて触れている。

野村さんはこう記述している。
「今の原選手を私なら二球で料理できる!」
まず、これを読んだ瞬間即思ったのは、
いやいや少年院時代の力石徹じゃねえんだから!
「あしたのジョー」の名シーンでの力石のセリフ。
「1Rじゃねえ!1分だ!この能無し(矢吹丈)をマットに沈めるまでの時間だ!」
超強気な宣戦布告スタイル。
どうやら昭和生まれの昭和男の私はこういうのが好きらしい。
ただ、この記述をしてる頃の野村さんは現役を引退してすぐの頃で原さんはまだまだ新人の頃。
つまりもう対戦することはない。
なんだ!よくありがちな最近の若い奴はよ〜みたいな話か!?
当時の原選手からしたら面倒くせえジジイだなあ!くらいに思ったかもしれない。
いや、原さんはそんなこと思わないか。
野村さんが言ってくれるなんて徳俵に足がかかった状態。勝負はまだまだこれからだ!とのちに監督になってから言う名セリフをこの時すでに言っていたかもしれない。

ただ、こっから展開があるんです。
「敵は我に在り」シリーズをその後読み進めていくと
「今の原選手を私なら三球で料理できる!」
三球!?あれ!?一球増えた!!
さらに読み進めると
「今の原選手を私なら四球で料理できる!」

ちょっとちょっと!ノムさん!
料理の具材がどんどん増えてますよ!
球数の継ぎ足し継ぎ足しの秘伝のタレを作ってるんではありませんか!?

しかしだ。
私は読んでいて実におもしろかった。
まず料理する配球について丁寧に書かれている。
水島新司先生が野球漫画ではじめて細かい配球の描写を取り入れたのはこの本の影響もあるのではないかと思う。
実際ドカベンの作中岩鬼が「敵は我に在り」を読んでるシーンがある。
それから野村さんはメモ魔である。
常に打者を観察し気付いたことはメモをとる。
現役引退してもなお捕手目線でバッターを観てまたメモをとる。
膨大なメモの量からまたさらに考える。
「敵は我に在り」の一部はそれらが凝縮した捕手目線の原辰徳観察日記だ。
そして、球数が一球ずつ増えることによって超若手だった頃の原辰徳選手の成長がわかる。
野球仕掛けの工夫のある観察日記でもあるわけだ。
時計仕掛けのオレンジみたいに言ってしまったが、
ではそんな映画好きの落合さんの方に今度は話をうつそう。

「なんと言われようとオレ流さ」の頃はロッテ時代でバリバリの現役時代の落合さんである。
なので引退後から書く野村さんとはスタンスが違って球界の先輩からのフランクな感じで
「原クンにアドバイスしていいかな」なんて具合に書き出している。
そのアドバイスのひとつに「膝のカベを作ること」
ハイレベルなバッティング理論につき私もついていけないのだが、
その後につづく表現がまた独特なのである。
以下、抜粋である。

膝のカベのコツとしてはキンタマをうまく使えばいいの。左足の太ももの内側で自分のキンタマをやさしく包みこむようにする。
そうすると膝はまず開かない。
ソッと包んでおいて打ちにいくときサッとタマちゃんをほどいてやればうまくいくんだ。
     -「なんと言われようとオレ流さ」より

う〜む。
とりあえず言えるのは下のバットの使い方もオレ流なのである。
かなり場末のスナックジョークを放り込んでしまった。
一旦、落ち着こう。

この記述だが読んだあと私は実際バットを持ち構えてみた。
太ももの内側でキンタマを包みこむイメージ。
たしかに膝は開かない。
その後のタマちゃんをほどく感じはうまくできなかった。
悔しいのは私が野球の達人ではないためこの記述を完璧に楽しめないことである。
素人でもわかることといえば落合さんはキンタマをタマちゃんってかつて多摩川に出現したアザラシみたいに言うことがあるんだ!ってことだろう。
だが、自分のことを精一杯スラッガーだと思い込んでこれを読めばバッティングアドバイスとしてとても言い得て妙太郎のような気もしないでもない。

まあ、いずれにせよ圧倒的個性とインパクトのある独自の文体で野村さんも落合さんも書籍を書いてることはわかっていただけたと思う。
今回はあの頃の巨人の4番打者原辰徳選手について野村さんと落合さんがどう記述してるかの一例を紹介させていただいた。

この連載が始まってからまた野村さんや落合さんの本を読み直している。
まだ読んでない本もある。
落合さんの書籍は20冊くらいだが
野村さんの書籍は100冊くらいある。
すべて読もう。
それが私にとっての素振りである。
大谷翔平くん的に言うとドライスイング。
落合さん的に言うと棒振り。棒振りって!?

ではまた第4回で会いましょう。

今日の写真は「なんと言われようとオレ流さ」の中にある夫婦漫才みたいな落合さんと信子夫人ショットをどうぞ。

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