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漫文駅伝特別編 『アル北郷人生挽歌~続きを待てずに』52 アル北郷

「野球は一人で出来る」
往年の大投手、江夏豊投手が、現役時代にノーヒットノーランをやりとげ、最後に自分でホームランをかっ飛ばして勝利した際、言い放った名言です。

殿もかつて、草野球の試合において、川崎球場にてノーヒットノーラン&ホームランをかっ飛ばして勝利し、同じ言葉を言い放った事がありました。

野球好きが高じて、野球をやるために殿が集めた若者の集団が、のちの「たけし軍団」へと発展していった事実は、今となってはあまり知られていませんが、殿の野球ラブは大変なものでした。

殿は自身の野球チームを作ると、恐ろしく多忙の中、年間200試合程、試合していた時期がありました。

日本のプロ野球が143試合。海の向こうのメジャーリーグが166試合ですから、200という数字が、どれだけ異常な数字かが良く分かります。

当時、殿はテレビの収録が終わると、朝まで軍団と酒を飲み、早朝、新宿のバッティングセンターへ行き、そのまま寝ることなく、神宮外苑の草野球場で2試合こなし、昼過ぎにはまたテレビの収録へ向かうという生活を、普通にしていたそうです。

そんな殿の、野球ラブがよく分かるエピソードを一つ。

あるどしゃ降りの朝、その日は早朝から野球の試合の予定があったため、当時の運転手、つまみ枝豆さんが、「中止だとは思うが、一応迎えに行こう」となって、激しく降る雨の中車を走らせ、殿のマンションへ行き、ピンポンを鳴らすと、寝巻姿で現れた殿は、「枝豆、何考えてんだよ。こんな雨じゃ中止に決まってんだろ」と。
が、殿をよく見ると、寝巻のズボンのくるぶしのあたりから、ユニフォームのアンダーソックスが見えていたそうです。殿、寝巻の下にユニフォーム着て、スタンバっていたのです。あわよくばやる気だったのです。

そんな野球ラブの殿は、野外でのロケの時など、よく、弟子相手にキャッチボールをする事がありました。

このキャッチボールのやり方が、実に殿らしいのです。

普通のキャッチボールは、最初は近い距離から始めて、投げる球もゆるい球をなげつつ、徐々に離れていき、少しづつ強い球を投げていくのがセオリーなのですが、殿は近い距離の始めから、いきなり早い球をビュンビュンと放り込んできます。

わたくし、決して上手くありませんが、中学では野球部でしたので、普通にキャッチボールは出来るのですが、至近距離から容赦なく強い球を投げこんでくる殿には、めちゃくちゃビビりました。

ただでさえ、憧れの殿とのキャッチボールです。ど緊張している所に、殿のキャッチボールを一目見ようと、スタッフ達が集まり、ギャラリーの視線を感じる中、殿から投げ込まれる剛球を、ビビりながら必死にキャッチしては、「絶対に暴投してはいけない。殿の胸に、良い球を返さなくては」と、いった思いで球を投げ返すわけです。
人生であれほど緊張したキャッチボールを、わたくしは知りません。

そんなキャッチボールを、全く野球経験のないある弟子が、運の悪い事に殿から指名され、相手をする事になった事がありました。

その弟子、殿から指名された瞬間、まるで戦地に赴く新兵のように、顔は青ざめ、瞳孔は開き、決死の覚悟でグローブをはめると、普通にキャッチボールくらいは出来るものと思っている殿は、いつものように、強い球を至近距離で投げこんだのです。

人間、追い込まれると火事場のバカ力が出るのは本当で、その弟子、殿からの剛球を、なんとか見事にキャッチするまでは良かったのですが、いかんせん、投げるのは火事場のバカ力ではどうにもならず、その弟子は迷った挙句、なんと、ボールを持ったまま殿の元へ猛ダッシュで走り、直接球を手渡したのです。
その姿はまるで、飼い主が投げたフリスビーをキャッチしては、飼い主の元へ届けるフリスビー犬のようで、実に滑稽な動きでした。

殿が球を投げる。弟子はなんとかキャッチする。そして、走って殿の元へ球を届ける。そんな動きを繰り返していた弟子に、さすがに呆れた殿は、
「おい、それじゃキャッチボールになんねーだろ。おまえはフリスビー犬か!」と、しっかりと適格なツッコミを炸裂させたのでした。

そんな殿は、
「あと10㎝背が高かったら、本気でプロを目指してたよ」
と言うほど、プロへの憧れは強く、中でも長嶋茂雄さんの大ファンです。

殿が初めて、長嶋さんからゴルフに誘われた話は、何度聞いても最高です。

殿が訳あって、仕事を休止していた頃、優しい長嶋さんは、「たけしさんが落ち込んでるかもしれないから」と、長嶋さん直々にゴルフの誘いを受けたそうです。
朝、初の“ミスター”とのゴルフに、わくわくしながらも指定された待ち合わせ場所に、ゴルフバッグを持って立っていた殿に、道の向こうから、長嶋さんが歩いてきたそうです。

殿は内心、「来た来た。本物の長嶋さんが来た!」と興奮していると、殿の所までぐんぐんとやって来た長嶋さんは、殿を認めるなり「あ、どうもたけしさん。今日はゴルフですか? いいですね」と言い、そのまま通り過ぎて行ってしまったそうです。
殿は、「え?俺、長嶋さんにゴルフ誘われてたよな?あれ?日にち間違えたか?」と、不安に駆られていると、ややあって戻ってきた長嶋さんは、
「ごめんごめん。たけしさん、今日は僕とゴルフだったよね。それじゃ行きましょう」となり、ズッコケたそうです。

最後に、わたくしが好きな、殿のキャッチボール漫談を。

内田裕也さんが、ひと頃、裕也さんの付き人を務めていた、恐ろしく体のでかい、身長2メートルを超える俳優、ジャンボ杉田さんとキャッチボールをした時のお話。

「ジャンボ杉田ってデッカいのが、いつも裕也さんの周りにいるんだよ。それでそいつが、映画の撮影合間に、裕也さんとキャッチボールをしたんだけどよ、何度か裕也さんの球を受けたジャンボが、『裕也さん、キャッチボールって、手が痛いもんなんですね?』って言ったら、裕也さん、『ジャンボ、そろそろグローブはめろ』だってよ」

と、言う訳で、来週はわたくしが最も大好きな、殿と内田裕也さんのエピソードをたっぷりと。

「講演回数日本一の洋七師匠と。漫才ブームでトップを走り。 『佐賀のがばいばあちゃん』を400万部売った、とんでもない方。 殿曰く『漫才ブームは洋七が作った』。この時のインタビューも最高でした」

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