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漫文駅伝特別編 小説『うばすて山』③ ウメ

前回までのあらすじ

80歳で死を選ぶか、お金を払って歳を重ねるか選べるとしたら…。
敬子は、公務員で、毎日誰かを迎えに行く。

第三章 添い遂げる

敬子は、痺れを切らしていた。
玄関前で、長年、連れ添ったおばあさんが、おじいさんの手を握って、しばらく引き留めていた。
「私も一緒に逝きたいです。おじいさん。」
「お前はまだ、10年も残ってるじゃないか。
向こうで待ってるよ。」
「そうですけど、1人は寂しいですよ。置いていかないで下さい。向こうに行くまで待っててくださいね!約束ですよ!絶対すぐ逝きますから!おじいさん。おじいさーん。」
この流れを何度も繰り返していた。

おばあさんは、取り乱し、枯れるほど、泣いている。次の家にも行かなくてはいけない敬子は、半ば強引におじいさんを引き剥がした。
おばあさんは、
「人殺し〜」
と言いながら敬子の背中を叩いたので、敬子は、ムカついておじいさんを、白いバンに、押し込んだ。
近所中の人が見守る中、おばあさんは、見えなくなるまで白いバンを追いかけ、泣き崩れた。
そこまで、裕福ではない2人には、老後の生活を考えると、他に選択肢が、無かった。

2人の出会いは、マッチングアプリだった。
四十路目前の、おばあさんが、手当たり次第メッセージを送り、何度もハズレを引く中で、ようやく出会えた10歳上では、あったが、唯一のまともな、落ち着いた男性だった。
おばあさんは、この好機を逃すまいと、強引に、結婚に持ち込んだ。
ただ、出会いは、何であれ、2人は本当に仲が良かった。おじいさんは、本当に優しくて、怒った事などなかった。周りからは、仏と呼ばれた。記念日には、いつも、おばあさんの好きなガーベラを送った。近所でも、羨ましがられるほどの、おしどり夫婦だった。

おじいさんが亡くなって1年が経った。
娘達が、心配する中。
おばあさんは、今、人生を謳歌していた。
毎日のように、遊び狂っていた。
おじいさんが、残した金が、無くなったらおじいさんの元にゆくと決めたのだ。

そんな、ある日、おばあさんは、昔ながらのカラオケバーで、渋く浜省を歌いこなす、歳上の忠雄と出会った。80過ぎた忠雄は、とんでもなく金持ちだった。若い頃にロジウムの鉱脈を見つけた。お金を払って歳を重ねていける側の人間だ。

そんな忠雄は、奇跡的に、可愛いらしい歳の取り方をしたおばあさんに夢中になった。
何度か会ううちに、おばあさんは、小綺麗な身なり、紳士的な忠雄にまんざらでもなくなった。
そして、映画で見たようなプロポーズ。おばあさんは、夢見心地で、ふたつ返事で、嫁入りした。三回忌を迎える前に、おじいさんの事など、すっかり忘れてました忘れていた。
それは、それは、豪華な結婚式で、生成り色のウエディングドレスが、とても綺麗だった。余興には、芸能人も呼ばれた。

おばあさんは、結局、おじいさんとの約束を守らなかった。80過ぎてもハピネスには、行かなかった。
なにせ、ラブラブだった。裕福な生活と、切羽詰まって、マッチングアプリで知り合ったおじいさんとの結婚の時とは、違う、心の余裕と、楽しさを満喫していた。
忠雄といると、まるで自分が、あの頃の、ランチパック一つで踊る剛力彩芽になったかのように思えた。

そんなある日、おばあさんが、忠雄とベッドで、寝ていると金縛りにあって目が覚めた。
「ばあさん!ばあさん!」
死んだおじいさんだった。
「じ、じいさん!!なまんだぶなまんだぶ…」
「あんなに一緒にいたいって言ってたのに、酷いよ!ばあさん。」
忠雄は、おばあさんの様子がおかしいので、目が覚めた。
忠雄「なんだね君は、夫婦の寝室に」
じいさん「ばあさんの夫です!」
忠雄「夫は私だよ!」
ばあさん「忠雄さん!元夫なんです。」
じいさん「なんだよ!元って、俺は、別れたつもりはないよ!死んでからも一緒にいたいって、待っててくれって、言ったじゃないか!」
ばあさん「あの時は、その場のノリで言っただけで…。」
じいさん「なんだよそれ!ノリってなんだよ!死に際の別れをノリって言うなよ。この…アバズレが!!」
忠雄「おい!人の嫁になんて事言うんだ!」
じいさん「俺の嫁だ!」

修羅場だった。しばらく、あの優しかった仏のおじいさんが、本当の仏になった今、おばあさんへの罵詈雑言が、止まらなかった。
忠雄は、たまらず、手を出したが、おじいさんには、当たらない。そこら中の物を投げても当たらなかった。

「ばあさんのアソコは、出会った時から、それはそれは、臭いんだよ!」
怒り慣れてないおじいさんの、おばあさんへの罵詈雑言は、だとしても、言っちゃいけないレベルまで到達していた。
見かねたおばあさんは、キッチンに走り、おじいさんに塩をぶっかけた。
じいさん「ひい!ばあさん、酷いよ。待ってたのに…あんまりだよ。久しぶりに会えたのに…」
ばあさん「出てけ!クソジジイ!」
そう言うと、じいさんは、すうっと消えていった。
おばあさんは、忠雄と仲良く暮らし、忠雄が、老衰で亡くなった後も、しばらく長生きして、134歳まで生き、長寿記録を塗り替えた。

2人の男と添い遂げ、夢のように幸せに暮らしたおばあさんは、本当に、良い女だったのだろう。最後は、古墳みたいに立派な忠雄の墓に入った。

〈続く〉

2023年10月24日(火)
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