- 運営しているクリエイター
#ショートエッセー
緊急寄稿 「追悼 アラン・ドロン」
いたいけな中学生だった1973年、日本で大ヒットしていたのがこの曲「アラン・ドロン&ダリダ 甘い囁き」である。 フランスの人気女性歌手ダリダと、当代きっての色男アラン・ドロンが、アンニュイな旋律に載せて甘い言葉のやりとりを繰り広げる(と、いってもドロンが一方的に囁き、ダリダがそれをガン無視して男に対する失望感を歌い上げる、と言った方がより正確)甘くアンニュイなこの曲は、多感な中学生のリビドーを激しく刺激し、ある天啓を与えた「そうだフランス語だ! フランス語で口説けば女にもてる!」。中学生ならではの赤坂、否、あさはか且つ短絡的な思考である。 その時から、いたいけな中学生は真剣にNHKのラジオフランス語講座を聞き始め、高校に進学する頃には日常会話初級のレベルにまで上達していた。不純なモチベーションほど強いものはない。 しかし、なぜか大学時代の第2外国語はドイツ語。やはりニュルブルグリンクは強かった。 冗談はさておき、アラン・ドロンの甘い囁きは男性でも鳥肌が立つ。自分がもし女性でドロンに言葉攻めされたら瞬殺状態で落されてしまうだろう。 しかし、ダリダは、「パローレ パローレ パローレ(言葉だけ、言葉だけ、言葉だけ)」とつれない。さすが酸いも甘いも噛み分けた百戦錬磨のフランス熟女は違う。 「ガ~ラメン ボンボン エ ショコラ~」甘い言葉だけ。何とも痺れる大人の男女の駆け引き。 フランス語特有の言霊は、女性の心をダイレクトに刺激する。 R.I.P アラン・ドロン 享年88歳
エッセー「追憶のコリン・マクレー」
偉大なる英雄ジミー・マクレーを父に持つコリン・マクレーは、ラリードライバーになるべくしてこの世に生を受けた生粋のサラブレッド、ラリーの申し子である。 かつてコリンはこう語った「ペダルは何でも床まで踏むものだ。」 コーナーは常に真横。その豪快な走りで常にマシンを限界まで攻め立てた。 リタイアか優勝か、典型的な天才肌のドライバー。 何事にも怯まず、果敢に挑戦していゆく姿勢はまさに"ハイランダー" 、スコットランドの誇り至宝であった。 そのコリンが2007年9月15日、自家用ヘリを操縦中に自宅近くで墜落、39歳の若さで急逝した。 突然の悲報に世界中が悲しみに包まれた。 しかし、コリンの豪快な走りは今でも多くのラリーファンの脳裏に鮮明に焼き付いている。 その英雄譚は永遠に語り継がれだろう、孫子の代まで。