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Essay

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鳴海邦彦が思いつくままに、そして気ままに綴るフリーエッセー。
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#クルマ

エッセー 「スーパーカーは遊び倒しこそ意味がある!」

 何度でも言おう、スーパーカーであろうが、高級スポーツカーであろがクルマは乗りこなしてなんぼ。  そしてモータースポーツは楽しんでなんぼ。そもそも「スポーツ」とは「楽しむ」という意味の単語。  荒ぶる悍馬を意のままに乗りこなす、それこそが快感なのである。  例えそれがランボルギーニ・ガヤルドであろうが、床を踏み抜くまでアクセル全開、タイヤがズタボロになるまでグラベルロードやスラロームを楽しむのが男の粋というもの。  スーパーカーは高速道路で弱者をいじめて悦に入るような

エッセー「プロデューサーオフトーク "CARBOYドリコンGPスペシャル 超ドリフトテクニック 古口美範 Super Special Drift Technic"製作の想い出」

 AE86でカッコよくドリフトをキメるつもりが、スピードが足らず、スピンを披露して登場、動揺が走ったのか、"CARBOYの西です、Carboyの西です"とリフレイン。  このテイクを撮るためだけにCARBOY西編集長にエビスサーキットまでご足労頂き、現場では10テイク以上リテイクした伝説のビデオ「CARBOYドリコンGPスペシャル 超ドリフトテクニック 古口美範 Super Special Drift Technic」は、当時クルマビデオのヒットメーカーとして"TDKコアに

エッセー「私的スポーツカー論」

 単なる移動手段としてではなく「運転そのものを楽しむ」ためのクルマ、「走る・止まる・曲がる」といった基本性能をハイレベルで満たしているクルマ。そんなクルマ本来の姿を遵守してつくられたクルマをあえて「スポーツカー」とよびたい。  テクノロジーの進化は、ドライバーから「運転を楽しむ」という要素を奪いつつある。単なる移動手段としてクルマを使うのならそれでもいいだろう。しかし、クルマを操縦し、運転そのものを楽しみたいというドライバーにとっては、なんとも寂しいことである。  どんな

エッセー「男なら生粋のサラブレッド(スーパーカー)を乗り倒せ!」

 終始一貫した持論であるが、クルマは床の間に飾っておくものではなくドライビングを楽しむためのもの、走ってなんぼ、乗って、乗りこなしてなんぼである。  たとえそれがFerrari EnzoやJuguar XJ220 のような歴史に名を残す超弩級のスーパーカーであろうとも、クルマである以上アクセル床まで踏んでカウンター当ててドリフトしてなんぼである。

エッセー「ダートトライアルの名物実況アナ 柳川正道氏の想い出」

 80年代後半から90年代初頭、全日本ダートトライアル選手権やオールスターダートラといったビッグイベントにおいて、そのたたみ掛けるような名調子でギャラリーを沸かせ会場を興奮の坩堝へと叩き込んだ一人の名物実況アナがいた。その名は柳川正道(敬称略で失礼します)。  AUTO SPORT編集部辣腕編集者(ペンネーム:有畑稔「ありはたみのる=アリ・バタネン」)から千葉市役所職員へ。公務員と実況アナという二足のわらじでCCCR横倉正道氏と共に日本ダートラ界の発展に貢献し、その歴史に多

エッセー「痛快豪快! H・BハリッキーのH・BハリッキーによるH・Bハリッキーのためのワンマン映画 "Junkman(ジャンクマン)"」

 カーアクション映画の金字塔 ' バニシング IN 60(Gone In 60Seconds) ' の製作・監督・脚本・主演のすべてをこなしたH・Bハリッキーがカーアクションの限界に挑んだ意欲作、それが1982年公開の " Junkman(ジャンクマン) " である。  タイトルの如く、ただひたすらクルマを壊しまくる超快感型ストレス発散ムービー。ストーリーなど有って無いようなもの。  高級車からパトカーまで、上映時間約90分の間に、実に150台以上のクルマがスクラップと化

エッセー 「能天気に明るく、爽快感溢れる映画 "トランザム7000(Smokey and the Bandit)"はアメリカンムービーの真骨頂である」

 1977年に製作された「トランザム7000」はポンティアック・ファイアーバード(ブラックバード)・トランザムがスクリーン狭しと活躍する、いかにもアメリカ的めちゃめちゃ陽気なアクション・コメディの傑作だ。  テキサス州の大富豪、ビッグ・イーノスとリトル・イーノスのバーデット親子に、クアーズビール400ケースをテキサス州東部のテキサーカナで積んでジョージア州アトランタまでの片道900マイル(約1450km)を28時間で往復すれば成功報酬8万ドル支払うと持ちかけられた伝説のトラ

エッセー 「三菱ギャランGTOが疾走する異色のロードムービー "3000キロの罠"」

 1971年に製作・公開された田宮二郎主演作品『 3000キロの罠 』は、全編を三菱ギャランGTOが疾走する異色のサスペンス・ロードムービーである。  大映の専属俳優として活躍していた田宮二郎は、1968年、映画「不信のとき」のポスタークレジットの序列で会社と対立し、一時期映画界から追放されていた。  当時の映画産業はまさに花形であり、作品はすべて自社製作が原則だった。  さらに、5社協定という業界規定により、追放された他社の専属俳優をライバル会社が起用することを厳格に

エッセイー「映画 ”バニシング in 60(Gone in 60 Seconds)”を熱く語ろう!

 1975年に日本で公開されたアメリカ映画「バニシングin 60(原題:Gone in 60 seconds)」は、2000年、ドミニク・セナ監督により、ニコラス・ケイジ主演でリメイクされた「60セカンズ(原題:Gone in 60 seconds」のオリジナル作品であり、現在でも語り継がれる伝説のカーアクション映画である。  上映時間99分のうち、後半の約40分間がカーチェイスという前代未聞のこの映画には、52台の高級車やスポーツカー(キャデラック・エルドラド、リンカーン