人生のおもいで1.小学校4年生の時

はじめに

 会社員になって働き始めて、何の波風もないままに1年以上が経っていた。

 結婚も、恋愛も、旅行も、巷で人生を変えると噂されているコンテンツに全く触れないまま生活して思ったことは、もう自分の人生は消化試合なんだなということだった。小さい頃は部活の試合や同級生の女の子とのちょっとエッチなハプニングとか(幻覚)、そういうことの一つ一つがとても輝いていたから、一年を振り返ろうにも振り返り切れないくらいの充実感があったと思う。

 それが驚くくらい急速にすり減っていって、気が付いた時には取り返しのつかないことになっていた。

 中学・高校時代のおれ(「女子とかかわるのはマジでダサい」と思っていたので読書とゲームとアニメにひたすらのめりこんでいた。さらに言うと難しそうな本をこれ見よがしに読むことで「國枝くんっていつも難しそうな本読んでるな……よく見ると顔もカッコいいし……って、アタシったら何考えてんのよ!?ばかばか!もうっ」ってクラスメイトの女子全員が顔を赤面させている妄想をして気持ちよくなっていた)を頭の中で100万回ぶん殴りながら、ふと思ったのは、おれのこれからの人生は空虚なものになるだろうが、思い出は歴史的事実から乖離してゆき、かえってますます輝きを帯びていくのではなかろうか?ということだった。つまり、この空虚な今を埋めるために、過去が虚構じみていくのではなかろうかということだった。

 実際すでにそれが起こっている。小学校高学年の時のおれはマジで学年で一番カッコよかったはずだと思いながら卒業アルバムをめくってみたら、眼鏡をかけて(当時ではマイノリティ)髪が伸び、必死に笑顔を浮かべようとした痕跡が見て取れるゴブリニック(ゴブリン的な)スマイルを浮かべた怪物がそこにいるのを発見して、おれは速攻洗面所でゲロを吐いた。当時おれの中でもっぱら「学園の貴公子プリンス」ともてはやされていたおれの姿はどこにもない。

 こんなことはほんの一例に過ぎない。当時の國枝さんを知る人から話を聞いたところ、本人の供述とは異なる証言が続発している。

 そこで考えた。

 今のうちに、記憶が5G電波による改ざん攻撃を受けないうちに、思い出を書き記しておこうと。

 そうすればおれの歩んだ軌跡が少しでも鮮明になり、國枝史郎という一つの歴史書の信ぴょう性がより高まっていくのではないか。

 そう決心したおれは、いわばおれ自身の墓碑のために、過去への巡礼の旅に出た。

 というのは全部嘘で、単純におれのエピソードを公開することで、少しでも皆さんと仲良くなれたらいいなという100%下心で執筆したのであった。


本文

 小学校4年生。

 当時小学校史上最強最悪の悪ガキとおれの中でもっぱら評判になっていたおれは、少し早い思春期を迎えていた。つまり、女の子に強い関心を抱いていた(余談だが、この思春期は現在に至るまで終わっていないようだ)。


 当時携帯電話を持っておらず、家族共用パソコンでエロサイトをサーフィンしていたところを母親に現行犯逮捕された凶悪犯のおれがそういったぶつけようのない欲望をどうしていたかというと、クラスの女子に下ネタを言うことで紛らわせていた。ちなみにオナニーはまだ知らなかった。精通してなかったし。

 たとえばチ〇コとかマ〇コとか、ク〇ト〇スとか。

 「こういった言葉が何を意味するのか今から教えてやるから覚悟しとけよ」というかの如く、おれはクラスメイトの女子に手当たり次第に教え込んでいった。ちなみにその知識は友達の父親がこっそり俺に見せてくれたエロ本コレクションから引用していた(当時は女性の股間にムスコが入ることに驚愕した)。

 当然女子からの評判は芳しくない。早熟の天才が得てして頭を抑えつけられるように、ちょっとおませさんなおれは男女から見事に「エロ野郎」というレッテルを貼られ、男子からは親愛の情を、女子からは侮蔑の情を投げかけられていた。特に一部のパソコンを買い与えられている男子からは、「昨日こんなエロ動画を見た」という情報提供さえ受け、ちょっとした師匠的存在となっていた。ネットの海から切り離されたおれは強い嫉妬を抱いたものだった。

 で、おれはといえば当然ながら、女の子から蛇蝎の如く嫌われることに悲しさを覚えると同時にちょっとした興奮を覚えていた。

 さて、事件の顛末は大まかに述べると以上だが、こちらには後日談がある。

 ある日、当時席が隣でおれがよくおしゃべりしてたAちゃん(女子バレー部。ボブカットだった)が何やらニコニコ笑いながらおれに近づいてきた。

「ん? 告白されるのかな?」

 と思ったおれがドキドキしていると、Aちゃんはおもむろにおれの耳元に口を寄せ(当時はKちゃんの方が背が高かった)、

「わたし、ク〇ト〇スの意味分かっちゃった。ここ(と言って股間を指さした)についてるやつのことでしょ?」

 と囁いてきたのだ。なんとAちゃんはおれが前日彼女に伝授した魔法の言葉を自分で調べてきたようなのだ。

 どうやって調べたのかはわからない。パソコンに打ち込んだのか、親から聞いたのか、お姉ちゃんから聞いたのか、友達から聞いたのか。

 しかしいずれにせよ、おれはありえないくらいの背徳感に酔いしれた。

 パソコンで調べたとすれば、検索窓にあの淫猥な言葉を入力したのだろうか。その柔らかそうな、触れたら折れてしまいそうな幼気な手で?

 誰かに聞いたとすれば、あの淫猥な言葉を発したのだろうか。その桜色の唇、そしてその奥へ分け入ると見える白い、まだ生え変わっていない乳歯、そしてあまり意のままに動いていないらしい舌を使って?

 おれはありえないくらい興奮した。今思うと精通していなかったことが残念でならない。思い出を、ありがとう。

 終わり。

 追記:Aちゃんの行方は、誰も知らない(適当)。

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