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旅とデータと日本の課題 (3/5)  成功相関マップ

 このマップは、何があれば国家は成功するのか、を明らかにしている。
 今回の分析においては、視点の異なる20の国際調査から92の主要因子の各国指標を抽出した
(抽出基準として、国民の関心度、政策としての重視度、予算、成功との相関度を使用した)。それら因子と各国の成功指標としての「成長」および「幸福」との相関係数をみることによって、どの因子が国の成功にとってより重要なのか一覧できるようマップにした。縦軸、上の方にある因子が、経済成長(人口あたりGDP成長率)と相関の高い因子。横軸、右の方にある因子が、幸福(主観回答)との相関が高い因子である。


 このマップからは非常に多くの意味合いが読み取れる(実際にこの一枚だけで数時間議論できる)のだが、各論に入る前に、大きな意味合いを要約しておきたい。
 まず、各因子の分布をぼんやりと眺めてもらいたい。左上から右下に向けて斜めに、天の川のような点の分布が見えるだろう。これは成長因子と幸福因子のトレードオフを意味している(相関係数がマイナス0.5)。つまり成長を追いかけると幸福を損ないやすく、幸福を追うと成長を損ないやすい。二兎を追うことの難しさが分かる。例えば、成長と相関が最も高い(上のほうにある)のは、ハードワーク、お金重視、リスクテイク、といった因子(いわゆる努力文化)であるが、これはかなり左よりに位置している、つまり幸福にはマイナス、ということである。逆に幸福に有効な因子には成長にはマイナスなものが多い(快楽主義、民主主義など、いわゆる満足文化)。
 この成長と幸福のトレードオフをどうバランスし、また両立させていくかが、リーダーにとって最大のチャレンジになる。

 そのチャレンジの克服に向けて、希望となる因子がたった一つ確認された。右上にぽつんと光る希望の星、その因子が「社員の熱意」である。これは成長にも幸福にも効果的な両利きの因子なのである(相関係数がともに0.25以上)。常識で想像しても、仕事に打ち込むことで生産性が上がって経済成長に寄与するだろうし、仕事時間にやりがいを感じていれば幸福度は上がるだろう。統計的にも感覚的にも妥当性の高い重要因子が「社員の熱意」なのである。

では、日本の「社員の熱意」はどのような状態にあるだろうか

4 「社員の熱意」の現状 につづく


補足のようなコラム

 分析者にとってはずいぶん便利な時代になった。経済指標はもちろん、オリンピックメダル数や学力、知財といったパフォーマンス指標だけでなく、幸福度、価値観、国民性、生活習慣といった定性的傾向も信頼できる調査データが公開されている。一方で、それらを横断的に分析して総合的な意味合いを出しているレポートは見つけられなかった。専門的な調査はその分野の中での序列や構造を分析することに長けているが、専門領域内での最上位目的が社会全体のなかでどう位置付けられるかを相対化することは少ないのかもしれない。例えば、オリンピックメダル数と特許数と休暇日数と恋愛経験と汚職度のうち、社会にとってより重要なものは何か、分析的に答えることはできるだろうか?

(誰にとってのチャレンジなのか、書きあぐねた。一体、日本という国の総合的な成功に責任感を感じて設計・リードしているのは誰なのか。浅学のせいか、その不在を感じざるを得なかった。そのことが、何者でもない自分が微力でもせめて課題提起をしなければと本稿を描き始めた理由である)

有効因子発見への誘い:両軸に0.2以上の相関を持つ因子はまだ他に見つかっていない。両利き因子は社会にとって特効薬であり、もっと多く特定されるにこしたことはない。有志で仮説を出して相関分析にかけてみよう。リーダーでも企画者でも学生でも誰にでもできる。この分析はすべて無料の公開データをもとにしており、簡単なエクセルで再現可能なものになっている。本分析のマスターデータベースを使った研究や勉強会にご関心がある方は、社会工学研究会にぜひ合流していただきたい

<【分析注釈】相対化の罪:この成功要因マップは全体観を提供すると同時に、さまざま議論や感情を刺激するものである。プロットされている一つ一つの因子には大きな重みがあるが、それぞれの重みについて相対化してしまうのが定量評価の粗暴で冷酷な側面である。人は個人として、組織として社会全体のある部分の役割を担っており、各人にとってその部分にこそ絶対的価値を感じ、やりがいを感じ、人生を捧げたりもする。その尊さは絶対的なものである。客観化、相対化、定量化は、その絶対的だったものを相対化してしまう。唯一の目的だったものを手段として評価してしまう。相対化は絶対性の否定であり、それゆえに意味を破壊する攻撃性を持っているのである。さらに、一覧性は表面しか見ないことを伴う。それぞれの専門的で絶対的な深みという価値を浅はかに無視することで相対比較を可能にしている。個別性への敬意を欠いたドライさは統計分析の宿命でもある。
 それでも、相対化は為政者・マネジメントに必要な所為であり、有益に役立てられるべきだと考えている。相対的な劣後性は、外圧がかかる局面での存続リスクという現実があるからだ。どんなに絶対的に美しい建築物であったとしても、低地に位置すれば洪水時には浸水してしまう。都市計画者は、どこに建築すべきかをガイドする役割(責任と貢献性)を担う。
 この相対と絶対の構造は現実社会にも見られる。マネジメントとプレーヤーはその緊張関係の中にある。理系と文系も似た関係にある。もっと言えば、個人の中でもアタマとココロがその相反性を抱えている。今回の分析からは、「理科の学力」と「人生の意味」に-0.68という強い負の相関が確認された。理性的であることで人生の意味が失われるならば、何のための理性だろうか。これらへの解決策は、統合するリーダーシップ、および、建設的な知性、として後半で扱いたい>

(【分析注釈】相関と因果:この分析の目的は、何を改善すれば社会全体が良くなるか、のキーレバーを定量的な相対化によって特定すること、だった。つまり知りたいのは、因子から目的に向かう因果の強さ=因果関係である。ここでは一貫した分析手法での相対化、を重視し、単純な相関係数によるマッピングを行っている。相関関係は必ずしも因果関係を保証しないのだが、相関が小さければ因果も小さい可能性が高い、ということを根拠にして一次スクリーニングとして相関を用いている。本稿では相関だけでは言い切れない因果についての言説を含んでいるが、因果方向については個別的な検証に依拠している)

<ここで紹介したチャートは、私の思考遍歴のなかで特別なものになった。このチャートをもとに多くのメッセージ、グラフが生成されたが、その基礎情報はこの一枚に凝縮されている。個人的には、その点ひとつひとつの意味を吟味するプロセスを通じて社会や人間への理解を深める効果が極めて高かった。これを作り始めた半年前と今では、世界を眺める視座も解像度も別の次元に変わったのを感じている>

4 「社員の熱意」の現状 につづく


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