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【アーカイブ】日本公開40周年『スパルタンX』(84年)

2024年12月15日は、サモ・ハン(洪金寶)監督、ジャッキー・チェン(成龍)主演、ユン・ピョウ(元彪)競演によるアクション大作『スパルタンX』(84年)が日本で公開されてから40周年の日にあたります。
『プロジェクトA』と『五福星』が香港や日本を始め東アジア全域で大ヒットしたことを鑑みたゴールデン・ハーベストは、ジャッキー、サモ・ハン、ユン・ピョウの3人を同社の看板俳優としてアピールしていくこと、本国以外では日本でのプロモーションを強化していくことを決断しました。彼らの最新作を3人を主役に撮ることとし、企画の全権を兄弟子分であるサモに託したのです。

プロデューサー的資質の高いサモは、この映画を80年代の『ドラゴンへの道』(72年、香港映画で初のローマ・ロケを敢行したブルース・リー初監督作)にしようと考え、やはり香港映画界初となるスペイン・バルセロナでのオール・ロケーションで制作することを発表しました。コレには世界戦略を目論むゴールデン・ハーベストからの指示もあったでしょうが、実はサモが監督をする上で影響を受け続けてきたハリウッドやヨーロッパのクラシカルな映画への意識も働いていたことが考えられます。

主演であるジャッキーの役どころについては、香港での映画スターという立場よりも日本での"アイドル"というイメージを優先したキャラ付けを行いました。陽気で茶目っ気がありずる賢いところもあるけど、憎めない…、つまりは出世作『ドランクモンキー酔拳』(78年)での黄飛鴻を思わせるライトなキャラクターに仕立てたのです。逆に演技者志向が芽生えていたユン・ピョウに対しては、眼鏡をかけさせたり、シャイな面を強調するなど細かい演技指導を行っています。本作で実はユン・ピョウの方が強く印象に残るのは、そうした役作りによるところも大きいワケです。

何より特筆されるのは、ジャッキーが(海外ではあるが)市井に生きる"フツーの若者"を演じていること。『プロジェクトA』以降、ジャッキーは自身の監督作では"一見フツーだが実は超人的"もしくは"フツーに見えるが常人とは異なる境遇"の役柄を一貫して演じてきました。その確立は『ポリス・ストーリー/香港国際警察』(85年)で決定的となり、以降青臭い理想主義に邁進していく説教臭い"主人公ジャッキー・チェン"が延々登場することになります。つまりそれはジャッキー自身がジャッキー・チェンを演じていったことに他ならないのですが、本作の時点ではまだ彼自身キャラを模索していた段階で、尚且つサモの演出下にある一俳優に過ぎず、役自体ミョーなイデオロギーに縛られてはいないのです。サモからのヒロイン救出依頼を自分たちの身の安全と生活を守るため一度は断ってますし、ヒロインの素性がわかってからは、「金持ちなら俺たちのガードは必要ない」と身を退こうともします。よくも悪くもドライで常識的なキャラだったのだです。こうした役柄は数多い現代モノの主演作中唯一といっていいかもしれません。

物語も"アイドル"ジャッキーのイメージを崩さないよう、どこか懐かしい匂いの青春映画っぽいサスペンス・コメディーとなっています。しかしサモは本作で『プロジェクトA』との差別化を図るため、ジャッキーに"原点回帰"を促しました。それは何かといえば、ズバリ"闘い"であります。
『プロジェクトA』は、ジャッキーが"脱カンフー"を目指して創造した当時の集大成であり、その見せ場はカンフー・アクションではなく、ジャッキー自身が身体を張った"スタント"の数々でした。一応ラストには海賊の首領との対決シーンはありますが、過去作品の悪役のようにあえてインパクトを残さないキャラにしております。
しかし、本作で監督サモは、ジャッキーに1対1の格闘シーンを用意しました。『プロジェクトA』のスタントは、確かにサモにも衝撃を与えはしましたが、やはり香港映画の本分といえばカンフー・アクションです。サモは、3人のなかで最も武道家志向が強かったのがジャッキーであること、"脱カンフー"を謳いながら実は彼が"格闘"に飢えていることに気付いていました。本作を80年代の『ドラゴンへの道』と位置付ける以上、ジャッキーに過去作に加え『ドラゴンへの道』をも超えた格闘シーンを演じてもらうことが成功のカギとなることをサモは確信してましたし、成功すればジャッキー自身が長年抱え込んでいたブルース・リーへのコンプレックスを払拭することができるかもしれないと考えたのです。
そのための相手として招聘したのが、元WKAチャンピオンで、梶原一騎原作の劇画「四角いジャングル」にも登場した当時現役のキック・ボクサー、ベニー・ユキーデだったのです。ジャッキーにとってはラスボスとして初の外国人との対戦となりました(『蛇拳』でラスト前にロシア人宣教師と戦ってます)。

そこで展開されたのは…文字通り"脱カンフー"の闘い。マーシャルアーツをベースに、フェイントや各種コンビネーションを駆使したより現代的で実戦的な攻防を展開しました。80年代の"ドラゴンへの道"を目指して、サモとジャッキーが選択した"道"がこの見せ方だったのです。勿論ハード&リアルヒッティングによる息苦しさと痛々しさを回避するため、ジャッキーのキャラを活かしたコミカルな演出も盛り込まれました。ブルース・リーが『ドラゴンへの道』で強敵チャック・ノリスを倒すため、ストイックさとリズムを持ち込んで立ち向かったように、ジャッキーは自らを"リラックス"させることで、ユキーデの強打と対峙します。この試みは見事に成功しました。格闘映画の新たな見せ場を創造したのみならず、数あるジャッキーの立ち回りのなかでもベストにランクされることの多い仕上がりとなりました。ジャッキー自身ユキーデ相手に実戦でのスパーリングを申し込もうとするほどノリにノッたと聴きます。

ちなみにサモとユン・ピョウは、ジャッキーと異なり本作でも従来のスタイルを堅持したファイトを見せています。サモは3人の原点である京劇をベースにしたダイナミックなウェポンアクション。そしてユン・ピョウは、彼の身軽な身体能力とアクロバットを駆使し、跳びそしてかわすという防御と攪乱に徹した殺陣を見せてくれます。

日本公開に際し、配給先の東宝東和はある意味東映以上に強い姿勢で日本公開版の制作に臨みました。BGMの全面的な改変と『プロジェクトA』で大反響を得たNG集の挿入は、作品を"世界で一番面白い『スパルタンX』"に仕立て上げました。音声もあえて英語版としたのは、ブルース・リー主演作を配給していた時代からの名残でもあり、国際的視野を入れた作品への敬意でもあったのです。

『スパルタンX』オリジナルサウンドトラックCD(ビクター)のジャケット

次のお正月映画となった『ポリス・ストーリー/香港国際警察』(85年)が、ジャッキー自身"自分がイチバン見せたかったこと"をとことんまで突き詰めた1作とするなら、"(当時の)ファンがイチバン見たかったジャッキー”を表現した本作は、お正月興行で10億超えの大ヒットとなりました。アクションのみならず青春映画の薫りを漂わせたこの映画は、スクリーンで観た当時の若いファンにとっても大切な"青春の1本"となったのです。

※本稿は、SNS「Facebook」ホームへ2014年4月30日に寄稿した内容を加筆・修正したものです。

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