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「STEAMで変わる、未来の教育」~東京大学大学院情報学環 山内祐平教授インタビュー~

情報化社会における学びのあり方と学習環境のデザインについて研究を展開する山内祐平教授。2020年からは、Makeblock Co., Ltd.からの支援を受け、STEAM教育の研究に取り組んで来られました。
日本独自のSTEAM教育を見出し、教育現場に役立てることを目的とした研究の領域は、STEAM教育の概念整理から、実際の授業や教材の開発にまで及びます。
その成果に加え、教育現場は今、どのように変わろうとしているのか家庭や保護者はどうあるべきかについて井上祐巳梨さん(STEAM JAPAM編集長)がインタビューされました。今回は特別に、そのインタビューを掲載します。
※本インタビューは『ワクワク!かんたん!おうちSTEAM(STEAM JAPAN編集部・編)』78・79ページのインタビュー記事をnote用に加筆・修正したものです。

井上:
2年間、研究に取り組まれてきた今、STEAM教育について改めてどのように感じられていますか?

山内:
そもそもSTEAM教育とは、科学技術人材の育成にとって、教科単体で教えるのではなく、問題解決の文脈の中で繋げて教えることが必要だとするSTEM教育が発展したものです。Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、 Math(数学)の頭文字をとったSTEMに、Artが入ったのがSTEAM教育です。

この研究の中で、わたしたちがもっとも力を入れてきたのは、小中学校に向けたSTEAM教育の授業案づくりです。そこで見えてきたのは、STEAMの「A」のとらえ方によって授業が大きく変わりうるということです。
もともと大きく2つの主張があって、Artを「リベラルアーツ」のアート、つまり国語や社会に近い領域を含む幅広い「教養」ととらえるグループと、「芸術」のアート、つまりクリエイティブな芸術・デザインととらえるグループがあります。
どちらが正しいかではなく、両方を前提に考えてきましたが、できてくる授業案は社会的な課題解決から、メディアアートのような作品をつくる授業までとても幅広くなります。「A」が多義的だからこそ、進歩の余地があるし、まだまだ新しいタイプの教育実践を提示できると感じますね。

井上:
子どもたちとの実践からも多くの気づきがあったことと思いますが、研究の最大の成果は何でしょうか?

山内:
「A」が入ると何が良いのか、今まで2つのことがいわれてきました。ひとつにはArtがあることによって科学技術がとっつきやすくなるということ。もうひとつは、Artというのは人の創造性の源であって、そこからイノベーションが起きるということです。

今回、研究を通して、3つめを提示できたと思っています。科学技術でなんでも解決できると考えるのではなく、そもそも科学技術とはどうあるべきなのか、という批判的な視点がArtを通して加わる、ということです。
今起きている戦争や感染症、情報化社会の問題点などを考えても、技術による課題解決に、人と社会の本質を見つめるArtの視点を加えていくことが、これからはとても大事だと感じます。

井上:
おっしゃる通り、子どもたちは「Society5.0」といわれるまったく新しい社会を生きていきます。こうした時代にSTEAM教育の重要性はどのようにとらえられるでしょう。

山内:
教科が分かれていて、知識を教えて、ペーパーテストで測るという近代の学校システムは、100年ほど前に確立したもので、その時代には合理的でした。今これだけ新しい学びが必要だといわれるのは、もうそれだけでは十分ではなくなったからです。知識がいらなくなるわけではありませんが、知識を得ることそのものを目的にするのではなく、知識をどう活用して、よりよい社会をつくっていくかに主軸をおくべきだという議論です。そのときにSTEAMの学際性、現代的な課題解決のために教科の壁をこえるという特徴がいきてきます。

もうひとつは、課題解決とつながっていることによって、「学ぶ意味」がわかるようになることです。この知識を学ぶことにはどんな意味があるんだろうという疑問に対して子ども自身が探求の中で納得できるように学んでいく。この2つの軸が重要になってくるだろうと思います。

井上:
STEAM JAPANの活動を通しても、そうした大きな変化の胎動を感じています。研究では、STEAM教育にふれる子どもをご覧になったと思います。どのような変化が見られましたか。
 
山内:
まず、「楽しそう」というのが第一印象ですね。その中で批判的思考の芽生えなどが見えてくる子どももいました。授業案をつくる際にも、「楽しみながら何かの強化に繋がる」「楽しみながら学習の意味が得られる」ように試行錯誤しました。テクノロジーに強い人、芸術に詳しい人、教育に長けた人などの知恵を結集して、まさにSTEAM的な発想で授業案の開発を進めました。
<山内先生の研究はこちら

井上:
一方で、保護者や家庭はどうあるべきでしょうか。本書でも、親の側がまずマインドを変えていきましょうということをよびかけています。

山内:
新しい実践というのはつくるだけでも先生にとっては大変なことですが、保護者からも「受験やテストの点に関係があるんですか」といった批判的な意見がくることがあります。
その背景にあるのはおそらく、自分が受けてきた教育と違うものに対する、漠然とした恐怖だと思いますが、それをふりはらう勇気を持ってほしい。自分が育ってきた社会状況がどれだけ変わってきたかを考えれば、新しい教育活動を導入することの合理性はわかるはずです。

日本は政策主導でSTEAM教育を取り入れようとしていますが、STEAM教育が広がっている海外の国では、教育現場からムーブメントがおきています。
そのためには新しいことをやろうとする先生の熱意を応援していきたいですね。また、学校と家庭の「パートナーシップ」も重要です。学校はあてにならないから家庭でとか、学校でやるから家庭では必要ないということではなく、学校と家庭の活動が刺激しあい、高めあっていくことが大事です。

井上:
社会が、そして教育が変わっていく今、家庭で、とくに幼少期からできることはあるでしょうか。

山内:
STEAM教育にかぎったことではありませんが、子どもの好奇心や主体性を引き出すということに尽きると思っています。
具体的には、ものをつくる、野外で遊ぶ、美術館や博物館に行く、ワークショップに参加するなどの多様な活動に参加できるように配慮すること。そのときに親が一方的に決めるのではなく、子どもの主体性を尊重することです。
また、物理的な環境も大切ですが、実は一番大事なのは他者との対話です。親はもっとも身近な他者ですが、他の子どもでも、近所の人でも、何かの専門家でもいい。問いかけから子どもの気づきや興味を発展させ、他者とのコミュニケーションから社会的に学ぶという回路をつくってあげたいですね。

 

2022年6月24日に、今回のインタビューの聞き手、井上祐巳梨さんが編集長をつとめるSTEAM JAPAN編集部が編集された『ワクワク!かんたん!おうちSTEAM』がくもん出版から発売されます。こちらも手に取っていただけると嬉しいです。商品紹介はこちら