運命を紡ぐ三つの星:ヴィタリス、エルデリア、ユウキヨの物語 第35章

風花は冷静になり、状況を整理する。
まず、明らかにしなければならないのは、テオが生きているかどうかだ。
生きていて一命をとりとめて言うならば、呪いの類で操られていることになる。
既に命を失っているならば、ネクロマンサーが使役していることになる。
風花はテオの動きを見る。明らかに使役されている動きではないと感じた。
ミラも同じ意見のようだ。彼女はフリーズを介してテオの動きを細かく観察していた。

「テオは生きている。それは確かよ。」ミラは風花に語りかけ、彼女の感想を裏付けた。

風花は深く息を吸い、再び剣を構える。テオは生きていた。それならば、彼を救う道はまだ残っている。彼女はその思いを力に変え、再びサルヴァトールとテオに立ち向かうことを決意した。

暗雲が戦場を覆っていた。サルヴァトールの魔力が渦巻いて、魔法陣が広がり、その中心にはテオが立っていた。その時、静寂を破るように、一筋の清らかな音が響き始めた。
エレシアの歌声だ。その音色は純粋で、まるで銀のように響き渡る。それは微かに始まったが、次第に音量を増していき、やがて戦場全体を包み込むようになった。歌声は穏やかでありながらも力強く、まるで波のように広がり、全ての人々の心に響いた。
「ダメ!」風花は叫んだ。無意識に口から声が漏れた。目の前の光景は、一度見て忘れられない悲劇を彼女に思い出させる。それはエレシアが一度、歌を歌うことで自身の命を瀕死の状態に追いやったことだ。
だが風花の耳には、それがエレシアの命を削る音にしか聞こえなかった。ただ、それを止めることはできない。彼女はただ目の前の光景を見つめていた。

エレシアは歌い続けていた。その顔には決意が宿っていた。その美しい瞳からは、自分の命を賭けても達成したい何かが見えた。風花は彼女のその決意を尊敬し、同時に恐怖も感じていた。
続く歌声は、より強く、より高く、そしてより深くなった。エレシアの歌はテオの心に響いていた。彼の身体は自らがコントロールできないように見え、彼の目は苦痛で歪んでいた。その瞬間、風花はふと気づいた。それは一種の呪いだった。エレシアの歌声がその呪いを解く鍵となっていたのだ。
風花は立ち上がった。サルヴァトールを攻撃しなければならない。
サルヴァトールが呪いをエレシアに向けるには、集中する必要があったが、彼は風花たちに対処しなければならない状況にあった。
エレシアを救う方法は、ただサルヴァトールの注意を風花達に向ける事だけだった。
エレシアの命は、彼女の歌声によって次第に削られていった。しかし彼女は歌い続けた。それが彼女の運命であり、それが使命だと彼女は誓っていた。

風花とミラが力を合わせてサルヴァトールに立ち向かっていた。その攻撃がサルヴァトールに向かって飛ばされていく。しかし、サルヴァトールは冷静に攻撃を避け、時には反撃を仕掛けてきた。彼の目には確かな自信が宿っており、戦況は次第に彼の有利に進んでいった。
一方、エレシアの歌声はますます力強く響き渡り、彼女の美しいメロディが戦場を包んでいた。しかし、彼女の歌声が強くなる一方で、彼女の体力は明らかに衰えてきていた。それでも彼女は力を振り絞って歌い続け、テオの苦痛を和らげようとしていた。
サルヴァトールはエレシアの衰弱を見つめて微笑んだ。彼の計算では、エレシアがもうすぐ力尽き、その歌声が絶えるだろう。その時点で、彼の有利な状況はさらに強固なものとなる。彼はその瞬間を楽しみに待ち、風花とミラの攻撃を華麗にかわし続けていた。
しかし、風花とミラはそれでもサルヴァトールに立ち向かい続けた。彼らはエレシアの歌声に力を得て、更なる強さを発揮した。

その時、風花は心の奥底に眠っていた力が覚醒したことを感じた。これまで一度も体験したことのない新たな力だ。彼女の体は一瞬にして疾風の如く動き出した。そのスピードは、まるで彼女自身が風になったかのようだった。それは風花自身が後に「風影」と名付けた力だった。
「風影」とは、風のように一瞬で場所を移動する能力だ。これにより、風花は今までとは比べ物にならない速度で動くことができるようになった。
サルヴァトールは驚いたように風花を見つめる。しかし、彼が風花の姿を捉えたと思った瞬間、風花は既に彼の背後にいた。サルヴァトールの驚きの表情が風花の目に映った。しかし、風花の剣が彼の背中に突き刺さる前に、サルヴァトールは一瞬で振り返り、風花の剣を受け止めた。

空間が一瞬、凍りついたように感じた。風花の剣をサルヴァトールが受け止めた瞬間、新たな力が戦場を揺るがせた。金属音が鳴り響き、風花の目がその光景を捉えた。
サルヴァトールの胸を突き刺す剣。その所有者は一人の勇者、アレクセイだった。彼の姿は、戦闘の中心から少し離れたところにあった。アレクセイは深く息を吸い込み、右手に握った剣を見つめていた。
彼の体は既にレナの治癒魔法で回復していた。しかし、剣を放つ直前の彼の表情は一瞬だけ、かつての苦痛を思い出させるような陰影を帯びていた。
それは風花にも伝わった。アレクセイが放つ剣に託した思いは、深く強く、それは彼自身の命を超越したものだった。
そして、その剣が放たれた。命の力を全て込めた一撃がサルヴァトールの胸部を貫く。サルヴァトールの表情は痛みと驚きで曇った。彼は確かに風花の動きを見切り、防御に成功した。しかし、アレクセイの剣に対する予測はなかった。

新たに覚醒した「風影」の力を使い、風花はサルヴァトールの背後に瞬時に移動した。その動きはまるで、風が突然形を変えて人の姿になったかのようだった。目の前の空間に創り出された一瞬の隙間を、風花は見逃さなかった。
アレクセイの剣がサルヴァトールを貫いた一瞬、風花の剣がサルヴァトールの体をさらに貫く。その強烈な一撃は、あまりにも突然で、サルヴァトールはその事態を理解する間もなく、風花の剣によって命を絶たれた。
地に倒れたサルヴァトールの体は、もはや生命の気配を感じさせなかった。胸を貫かれた大きな傷からは、血がじわりと流れ出ていた。それを見た風花の心は、ひとまず安堵の息をついた。
その瞬間、エレシアの歌声が静まり、戦場には静寂が広がった。長い戦いの末、ついにサルヴァトールは倒れ、彼にかけられた呪いも解けた。風花の視線は、エレシアの方へと向けられた。エレシアは床に倒れていたが、その胸はゆっくりと上下しており、生きていることを確認できた。

エレシアは、自身が生き残ることができた奇跡に感謝しながらも、立ち止まる余裕はなかった。彼女には最後の力でなすべきことがあった。仲間たちをこの場所から脱出させ、安全な場所へと転送することだった。
エレシアは呪文を唱え、ゲートを開くための魔法陣を形成し、彼女たちをこの戦場から遠く離れた場所へと転送するための魔法を唱えた。この魔法がうまく行けば、風花たちはエルデリアへ戻ることができる。
エレシアの唱える魔法は、彼女の体力を奪い始めた。ゲートを開くための魔法は大量の魔力を必要とし、それを補うための体力がすでに底をつきかけていたエレシアにとって、それは死と直結するリスクだった。しかし、彼女はそれを承知で魔法を唱え続けた。仲間たちを救うために、そして彼女たちが今後も戦い続けるために。
ついにゲートが開かれ、その向こうには星刻学園近くの森が見えた。風花たちはエレシアの導きに従い、一人ずつゲートを通り抜けていった。最後に通り抜けるのはエレシア自身だった。彼女は最後の力を振り絞り、自身もゲートを通過した。

風花と他の仲間たちは、診療所に急ぎ、エレシアとアレクセイの治療にあたった。両者とも戦闘で重傷を負っていたが、命に別状はないことが確認された。
一方、風花は別の任務に取り組んでいた。彼女の任務は、サルヴァトールの討伐を報告することだった。そのため、彼女は騎士団の本部へと向かった。

騎士団本部に到着した風花は、まず騎士団長であるアレイスター・デ・ヴァリスと会うために彼の事務室へと向かった。アレイスターは厳格で公正な人物であり、騎士としての義務と名誉を何よりも重んじる性格だった。
風花はアレイスターの事務室の扉を叩き、許可を得てから中に入った。アレイスターは彼女を見るなり、目を細めた。彼の目には真剣な色が宿っていた。風花は深呼吸をしてから、サルヴァトールとの戦闘の結果を報告した。
報告を聞いたアレイスターは、しばし沈黙した後、頷いた。「よくやった、風花」と彼は言った。それは、この厳格な騎士団長からの、最大の賛辞だった。風花はうっすらと笑みを浮かべ、彼の言葉に感謝した。

風花と彼女の仲間たちがサルヴァトールを討伐したことで、エルデリアとドラクシアとの戦争は一気にエルデリア優位に傾いた。サルヴァトールという大きな脅威が排除されたことで、エルデリア軍の士気は急上昇し、続々とドラクシア領を開放していった。一部の領域ではすでに民が再び日常を取り戻し始めているとの報告もあり、戦況は好転の一途を辿っていた。
風花自身も、騎士団や学園での任務をこなしつつ、サルヴァトールの討伐後の状況整理や情報収集に奔走していた。討伐後1週間、風花は一息つく時間ができ、仲間たちが入院している診療所を訪れることにした。
診療所に到着した風花は、まずエレシアの部屋に向かった。エレシアはまだ床についていたが、彼女の体色は良好で、意識もはっきりしていた。エレシアは風花に微笑んで挨拶を返し、しっかりと手を握ってくれた。

「エレシア、どうだい?体調は少しは良くなってきたか?」風花が心配そうにエレシアに問いかけると、エレシアは微笑んで頷いた。
「ええ、大丈夫よ、風花。」とエレシアは弱々しくも元気な声で返答した。「君が倒してくれたから、この呪いの影響も大分薄れてきてるみたい。あとは時間が解決してくれるはずよ。」そんなエレシアの言葉に、風花はほっと一息ついた。仲間の一人が安心して過ごせるようになったこと、それは風花にとって何よりの喜びだった。

次に風花が訪れたのはアレクセイの部屋だった。アレクセイもまた床についていたが、彼もまた回復の兆しを見せていた。風花は仲間たちの安心する姿を見て、一安心した。
「アレクセイ、大丈夫か?」
アレクセイは頷いて答えた。「大丈夫だ、風花。レナの治癒魔法のおかげで、かなり回復してきている。」
風花はアレクセイの言葉に安堵の表情を見せた。「それは良かった。まだ無理はしない方が良い。完全に回復するまで、ゆっくり休むんだ。」
「わかっているさ、風花。」アレクセイは苦笑しながら言った。「でも、体が元気になってくると、すぐにでも戦いに戻りたくなるんだ。」
そんなアレクセイの言葉に風花は笑った。「そう焦らなくても、君の分の戦いは私がしっかりとやっておくからさ。」
その日、風花は仲間たちとの時間を大切に過ごし、新たな決意を胸に再び戦いの舞台へと戻っていった。

風花はアレイスターの部屋を訪れると、その顔には疲れが見えた。それもそのはず、アレイスターはこれまで戦争で鍛えてきた騎士団のリーダーとして、絶えず新たな戦術や情報を処理しなければならない。
「風花、そこに座ってくれ。話がある。」アレイスターの声は深刻さを帯びていた。
風花は静かに座り、アレイスターを見つめた。「何が起きたのですか、アレイスター?」
アレイスターは深い溜息をついてから話し始めた。「我々はこの数日、解放されたドラクシア領の情報を集めてきた。そして、そこで一つの事実をつかんだ。」
「事実?」
「領民たちの多くが、魔王アゾゴスと契約を結んでいた。」アレイスターは言葉を選びながら話した。「命の保障を受ける代わりに、自らの生命力を彼に献げるという契約だ。」

そして、アレイスターは一つの仮説を立てた。
「アゾゴスとの契約…それはある意味、呪いと同じではないか?」
風花はアレイスターの言葉に思わず驚きの表情を浮かべた。彼は深く頷いて、その線の思考を続けた。
「呪いは特定の条件下で相手に負担を強いるもの。それが魔王アゾゴスと人々との契約と同じではないかと考えた。」彼の目には理解を求める輝きが見えた。
風花は言葉を選んでいた。「だとしたら、エレシアの歌が解決策になる…可能性があるのですか?」
アレクセイは微笑んで頷いた。「正確にはエレシアの歌が持つ魔力だ。エレシアの歌声には呪いを解く効果がある。それがこの問題の解決策になり得るだろう。」
風花の目が輝いた。「それならば、エレシアに頼むしかないわね。ただ…」
彼女はふと表情を曇らせた。「エレシアがその大きな負担を受け止められるのか心配だわ。彼女はすでに一度大きな力を使い果たしている。もしこれ以上力を使わせると、彼女の身体は…」
アレイスターは深く頷いた。「それは心配の種だ。しかし、それはエレシアに任せるしかない。彼女は自分の力と限界を理解している。我々ができることは、彼女をサポートし、彼女が自分の力を最大限に発揮できるよう助けることだけだ。」

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