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Tokyo Ten thousand scenery「新宿ションベン横丁の黄昏」

また昔話です。

20代前半、目黒の美術研究所に通っていたときのこと。美術研究所には絵を習うという前提で通っていたのですが、通っている人たちは本気で絵を志す大人ばかり。若者といえば美大受験のための人たちで、僕のように「漫画を描いていたけれど絵が下手だから習いに来た」的な輩はいるはずがない。

ただし、奇妙な人たちはいた。絵描きを志す人たちの中にも才能のない人がいて、そういう人たちがえてして自分は天才なんだと思い込んでいる…ま、そういう人たちもいたにはいました。

僕なんか通っているうちに受付の女の子に夢中になって、ただそれだけが目的になって通っているようなものでした。本当にバカでした。

で、初代の女の子は見た目が派手だったけど都会のオシャレなオネエチャンというイメージで、一発で好きになっちゃって。でも、生粋の田舎者で都会に出てきたばかりの僕なんか相手にされるわけはない。その娘は実は画家と関係があった。まあ芸術家ってのはほとんどが変態だから、その相手をするこの娘も変態チックでさ、研究所内で、ちょいとした騒ぎになった。しかし、そのうちに娘は美大志望の男の子と親密になってそのまま結婚するって言って辞めちゃったんです。

「女って怖いな…」って初めて思った。当時の僕は純情だったからね。

受付の二代目は、千葉の津田沼から通っているという痩せた女の子と、きついパーマをかけた太った女の子の2人組。太った方は常勤だったけど、痩せた方は日祭日だけの勤務。

痩せた方は、リカというハイカラな名前の人で、歌手の松原みき(当時は“真夜中のドア”というヒット曲があって、2004年に子宮頸がんで逝去。近年、この曲が再評価されています)に似ていました。僕は痩せた方のリカちゃんと仲良くなろうと近づいたら、彼女は新聞記者の娘で、都内の会社で働くOLでした。

当時の僕は、美術研究所に通っているくせに、いくら描いても上手にならない絵を描くことよりも、デッサンが狂いようがない写真撮影に目覚めていました。「写真のモデルとして横浜で撮影させてくれ」と言って横浜に連れ出して写真を撮ったのですが、上手に撮れないんです。そりゃそうです。

それからしばらくして、あることがきっかけで彼女は会社の上司と不倫関係にあったことがわかるんです。驚きました。

「女って怖いな…」また感じました。決して男女差別じゃありません。その時の僕は、純情でしたからね。ほんと。精神的に「大人と子ども」という格差があったから差別ではないのです。

その後は、彼女と会わなくなりました。

「あなた、何故働かないの?」と言われたからです。本当にそうですよね。いい年をして働かずにブラブラしてるんですから言われても仕方がないんです。まっとうな意見でした。彼女のおかげで、“ややまとも”になれたのです。恩人のひとりです。

ま、その後もいろいろとあって、二子玉川のレコード屋でバイトを始めると研究所に行かなくなり、レコード屋から百貨店勤務を経て、レース鳩雑誌の編集記者となりました。

ある日、突然、津田沼のリカちゃんから電話がかかってきました。話を聞くと、前衛舞踏をやっているということでした。

「久しぶり。あのね、高田馬場で舞踏のライブがあるんだけれど、チケット買ってくれない?3000円なんだけど…」と言うのです。確か、そのときは生活費の残金が5000円くらいでしたが、2000円で残りを暮らせばいいかってチケットを買うことになりました。

「新宿で会おうか?そのときにチケットを渡すから」と言うので新宿駅の改札で待ち合わせして、ジャズ喫茶の「DUG」でコーヒーを飲みながら話をしました。

久しぶりに会ったリカちゃんは相変わらず痩せていて、社会にもまれて、いろいろと場数を踏んだ表情をしていました。善悪とりまぜて大人の女性になっていました。

それから前衛舞踏のことを詳しく話してくれました。「裸になって、おしろいや金粉塗って踊るのよ」と明るく話す彼女を見ながら彼女の裸体を想像して顔が赤くなりました。

「それじゃ、高田馬場でも裸で踊るの?」と平静を装って言うと、「そうだよ」と言うので、また彼女の裸体を想像しちゃいました。

そのあとに西口の「ションベン横丁(思い出横丁の俗称)」で飲もうということになりました。このときうっかりしてお金のないことを忘れていました。既にDUGのコーヒーで700円(だったかな?)を使っています。

「あたしね、鯨カツが好きなのよ。それ食べよう」と言うので鯨カツを食べながら彼女はビールを僕はコーラを飲みました。あ、僕はお酒を飲めないのです。下戸です。

そのときやっと“お金を持っていないこと”に気づきました。手持ち5000円-チケット3000円-DUGコーヒー700円=1300円…ですからね。生活費は1300円!! それもションベン横丁で使えば0円、下手したらマイナス!!

「あ、オレ、チケット買ったら手持ちがなくなるんだよ」と正直に言いました。するとあきれた顔をしながら「いいわよ、ここは私が奢るから」と言ってくれました。

「じゃあ、高田馬場で待ってるからね」リカちゃんは手を振って新宿の雑踏に消えていきました。

それからしばらくリカちゃんの裸体(上半身だけですけどね)のことを考えてしまって眠れませんでした。金粉だか白粉を塗っていてもですよ、目の前で彼女の小さな?乳房を見るってのはどうもね…。僕は前衛舞踏の芸術性を理解していませんでしたからね(笑)。結局、僕は行きませんでした。それ以来、今度は本当に彼女と会っていません。

リカちゃん、元気ですか?

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