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百物語16「人食い」前編

結膜下出血したのです。

これは結膜下の細い血管が破れて出血したものです。白目がじんわりと血液で赤く染まります。結膜下の出血なので、眼球から出血する訳ではありません。白目は「眼球結膜」で覆われています。これはまぶたの裏側にまで覆われています。

眼医者の話では出血が治まるのは早くて1週間ほどですが、長引けば2~3カ月かかってしまうのです。

まぁ僕が境界型糖尿病で高血圧、コレステロール過多なので、しょっちゅう出血するのです。

目から血が出ているようにも見えるので、人目が悪いので眼帯をするようにした。昔はあちこちで見かけた眼帯も今は見かけなくなりました。眼帯も変わりました。シールタイプのものもあります。

眼帯をしていると視界が変わります。左目にしているから右目だけの視界は狭いだけでなくイメージは陰鬱です。まるで夢のような感覚なのです。

その日は東京の多摩ニュータウンにある古書店を取材するために慶応線に乗って出かけました。その古書店は怪奇小説や幻想小説などの珍本を扱っており、販売方法は主に通販で、その筋のマニアたちを相手にして商売は順調だということを聞いて好奇心がうずいてしまったのです。

眼帯をつけて電車に乗っていると、乗客の多くが僕を見るんです。いまどき眼帯をしているので珍しいとか新しい感染症に罹患した奴なのか?と遠巻きに見るイメージです。

「やっぱり、眼帯って奇妙なんだろうな」そう思って、少しばかり寝たふりをすることにしました。しかし、そのうちに本当に眠ってしまったみたいで気づいたときには新調布駅を過ぎて多摩川を電車が渡っていました。

そこで異様な感覚に囚われます。僕が座る左側に多分女性らしい人が座っているのですが、左目を眼帯で覆っているので当然左側が見えにくいんです。僕の左側に座っている人の姿は見えません。

それに乗客はほとんどが新調布駅で降車したらしく、この車両に乗っているのは僕と僕の左側に座っている人たちだけのようです。目の前と右側のシートには誰も座っていません。それにしても僕の左側には座っている人が多いのか左に座っている女性らしい人の座圧がすごいのです。座圧というかユサユサという感じで激しく動いているのですね。

それだけでなく何となくイヤな匂いがします。生臭いというかどこかで嗅いだ匂いです。血の匂い…? 思い切って左側を見ると、驚きました。数年前に総武線で遭遇した「骨を食らう女」でした。

「久しぶりだな。こいつを食い終わるまで待ってろ」女は僕をチラリと見て笑いました。

女は、女の左側に座っていた乗客を食べていたのです。しかも食べられている乗客は死んではいません。生きながら骨食らう女に食べられているんです。不謹慎ですが、動物ドキュメンタリーで「ライオンに捕まったインパラが生きたまま食べられている映像」を思い浮かべてしまいました。

食べられている乗客は、骨食らう女から逃れようともがきながら「ああ、痛い。痛いよ…」と呻いています。骨食らう女は体格が尋常ではないので抑えつけられたら、ひとたまりもありません。

それを見た僕は腰を抜かしてしまって動けません。この車両の乗客たちは骨食う女を見て調布駅で降りたか、他の箱に逃げ出してしまったに違いありません。

「次はお前を食うからな」骨食う女はそう言うと、僕をもの凄い形相で睨みつけました。

つづきます



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