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綾瀬新撰組「御用金の行方」

1977年8月、群馬県伊勢崎市連取本町に建つ古いアパート平和荘。私立J大学商学部2年の福良慶喜の部屋。室内には福良と友人の国立G大学文学部2年の異能清春、隣県の埼玉県本庄市にあるA女子短大文学部の日向千夏の3人が同人誌『探偵挿話』の打ち合わせをしている。3人は福良の唯一の家具であるコタツをテーブル代わりにして座っている。

福良が編集長を務める「探偵挿話」は、異能と日向にその他の投稿者たちが書いた探偵小説を掲載している。投稿者には、伊能と福良の大学の後輩たち数人が参加している。福良も毎回、短編を書いている。

「何、これ?」異能が持って来た原稿を読んだ日向が素っ頓狂な声をあげた。
「面白いだろ?」異能が笑った。
「どれどれ、千夏ちゃん、僕にも読ませて」福良が日向から原稿を受け取って読み始める。

原稿は、異能の後輩Hくんが書いた小説だった。内容は、幕末に小栗上野介が江戸城から持ち出した御用金を会津まで運ぶ新撰組の話だった。

「そもそも御用金って何なの?」
「江戸開城の前に何者かが城内の金蔵から御用金を持ち出したんだけど、それが高崎に領地がある小栗のせいにされたのさ」

徳川埋蔵金(とくがわまいぞうきん)は、江戸時代末期の1867年に幕府が大政奉還に際し、ひそかに埋蔵したとされる幕府再興のための軍資金である。埋蔵金は金塊あるいは貨幣とされる。江戸城開城の際に新政府軍が城内の金蔵を見ると空だったことから埋蔵金探しを始めた。それは幕府役人としての職を解かれた小栗上野介にも及んだ。

Wikipedia「徳川埋蔵金」より要約

「小栗は権田村に隠遁中に烏川の河原に引き出されて斬首されるんだけど、何かおかしいと思わないか?」
「何が?」日向が不思議な顔をして伊能を見た。
「当時の幕府役人は誰も殺されていないのに、小栗だけ殺されたんだ。確かに彼は新政府軍を迎え撃とうと言った主戦派であったんだけど、江戸無血開城を決めた勝海舟らは、小栗および幕府艦隊を率いる榎本武揚の過激派が邪魔になったんで小栗たちの役を解いたんだ。榎本は艦隊を率いて北上。小栗は失意のまま自分の領地に帰っていただけなんだぜ」
「領地で武装していたとか?」
「そういう話もあるけれど、違うようだよ」

「これ、面白いね」福良が原稿を置いて感心していた。
「新撰組が小菅の銭座で金塊を溶かして竹筒に隠して会津に運ぶって最高じゃん」
「だろ?次の号の巻頭に載せよう」

「でもさ、御用金は猪苗代湖の湖底に沈んでいるのに、“会津磐梯山は宝の山よ、笹に小金が~なりさがる”ってのは変じゃない?」
「なるほどね」
「この民謡の歌詞のように磐梯山に埋めるっていうならわかるけどね」
日向の意見を聞いて、待ってましたとばかりに伊能がコピーした紙を取り出して布団を取り払ったコタツの上に置いた。
「会津磐梯山の歌詞を見てみたんだけどね」
「うん」
「民謡の会津磐梯山ってのは昭和になってから今の歌詞になったんだってさ」
「そうなの?」
「会津磐梯山の元歌があるんだけど、それは会津に伝わる玄如節(げんじょぶし)といってね。もとは神社仏閣での神喚びの儀式などで夜籠りする際の即興的な歌だったと言われるんだ」
「ふうん」
「決まった歌詞はなかったようだけど、ただ歌詞の中の“玄如見たさに浅水汲めば”というのがあるんだけれど、これは会津の東山温泉にある天寧寺の玄如という美しい小僧が、明け方に水を汲みに来るのを村娘たちが夢中になって恋い焦がれた姿を唄ったもののようでね」
「へえ」
「これがその歌詞なんだよ」

ハァー 玄如見たさに 朝水汲めばヨー
(サアサヨイヤショーエー)
姿隠しの霧が降るヨー
(ハァー 霧が降るヨー)
姿隠しの霧が降るヨー
(サアサヨイヤショーエー)

ハァー 玄如踊りは 飯より好きだヨー
(サアサヨイヤショーエー)
わけたお飯も食べず来たヨー
(ハァー 食べず来たヨー)
わけたお飯も食べず来たヨー
(サアサヨイヤショーエー)

ハァー 会津磐梯 宝の山でヨー
(サアサヨイヤショーエー)
笹に黄金がなり下がるヨー
(ハァー なり下がるヨー)
笹に黄金がなり下がるヨー
(サアサヨイヤショーエー)

尺八修理工房 幻海サイトより

「でもね、明治時代に入ってからの会津磐梯山は、“正調会津磐梯山”って言って、歌詞が162番まである長い歌なんだよ。しかも今で言うシモネタばかりのセクシー民謡なんだって」
「セクシーって、あっはっはは」日向が大笑いする。
「じゃあ、今の会津磐梯山の原型ってのは、その正調会津磐梯山なのね」
「そうみたいだね」
「そうそう、会津磐梯山の歌詞に“何故に磐梯 あのように若い 湖水鏡に ええまた化粧する”というのがあるんだけれどね」
「うん」
「この歌詞は明治時代になって…つまり、土方たちが磐梯山が猪苗代湖の湖水に映るあたりに沈めたのを意識して書かれたんじゃないかってね」
「ああ、そうか。それで磐梯山は宝の山、笹に小金がなり下がるというのがキレイに収まる。なり下がるってのは湖底に沈んだってことだろうね」
「うん、これで巻頭に載せられるね。じゃHくんに結末を修正してもらおう。これは面白いし、マニアたちには話題になるかもよ。よーし、私も傑作を書かなくちゃ…」日向がやる気をみせた。
「僕たちもね」福良と異能が顔を見合わせて笑った。

「でもね…」異能が呟くように言った。

「小説作品としてはいいよね。でも、現実には、そうはいかないかもよ」
「え?」
「小栗は、慶応4年(1868年)閏4月4日、小栗は家臣の荒川祐蔵、大井磯十郎、渡辺太三郎ともども、新政府・東山道軍の命を受けた軍監・豊永貫一郎、原保太郎らに捕らえられて首を斬られたんだよ」
「ああ、何故、小栗が斬首されたのか?ってことだね」
「うん。御用金は豊永と原に奪われたんじゃないかって思うんだ」
「じゃ、その豊永と原ってのが小栗の御用金を奪って、口封じのために小栗とその家臣たちをまとめて殺したっていうのか?」
「そうだよ」
「なんて奴らなの」日向が歯噛みをしながら怒っている。
「御用金は新撰組が運んだんじゃないんだ。じゃあ御用金はどこに行ったんだ?」
「御用金を奪った豊永と原のみぞ知るってことかな。まさか赤城山には埋めないだろうね。強盗殺人を働くような奴らだから明治に入ってから無駄に贅沢でもして使っちまったんだろうさ」
「赤城山に埋められていないってことだけは確かってことだ」
「そうだね」3人は顔を見合わせて笑った。

*歴史上の登場人物は実在した人たちですが、御用金の話は作者が勝手に創作したものです。


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