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選挙野郎!!衆議院議員選挙 肆

正直言うと、僕も50歳を過ぎるまで投票なんかに行ったことがない。政治というか政治家が嫌いだからだ。僕は世の中で威張っているイメージの職業の人間が嫌いなのだ。しかし、その実、何も知らない。だから知人の市会議員に半分欺されて選挙の手伝いをすることになったのが絶好の機会だと思った。

「ほな、清弘さん、団地に行きまひょか」

「はい」ヨーカドーで買った埃が付きやすいダッフルコートを羽織って首にマフラーを巻いた。

「村野くん、直ぐ戻って来てよ。ニュータウンで駅頭やるんだから」

「はいはい、はい」

「ったくやっかましい女やねぇ…」村野が僕の顔を見ながら呟いた。

「やかましく言わないと、あんたはわからんでしょ!」地獄耳・田村には聞こえているようだ。

「おとろしっ、清弘さん、はよ行きましょ」村野が逃げるように事務所の裏口から出て行った。僕もそのあとを小走りでついていく。

「ふう、寒いっ!」外は晴れているが、かなり寒かった。

「ふひしゅうう…」村野が怪音を発しながら自分の車に素早く入った。

「寒いっすね」僕もドアを開けて素早く村野の車に入った。

「清弘さん、グリーンハイツ行くのん、初めてでしょ?」村野がシートベルトを締めながら言った。

「はい、球場の方っすよね」

「そうそう、ほな行きまっせ。ふぁあ眠い…」

「また寝てないんですか?」

「いや、3時間寝ましたがな」

*……………*

車はヨタヨタと丘を越えて、30棟ほどある“みどり野団地”に着いた。

「清弘さん、こっち側からズラーーってポスティングして下さいな。僕は奥の方からまわりますから…」と言って、後部席にあるチラシが入った重い布製のトートバッグを指さした。

「はい、わかりました」

僕は、ずっしりと重量のあるトートバッグをたすき掛けにして団地の中を歩き回り、二つ折りにしたチラシを郵便受けに入れていく。選挙の手伝いを初めて1ヶ月になるからポスティングにも慣れた。たまに気まずいのは、そこの住人に出会うことだ。住人が保守政党支持者だったりすると、しつこく怒鳴られるからだ。期待されて政権交代したものの東日本大震災の対応で失敗し、国民は保守政党への復活を願っていたときだ。

そもそもチラシというのが多くの人に嫌われる。大半が役に立たない営業チラシであるからだ。多くがゴミになる。

僕だって郵便受けのチラシを見ると「ゴミを入れるな!」と腹が立つ。さらに選挙チラシであるからもっと腹が立つだろう。だから、ポスティング初心者の僕は「政治家という詐欺犯に手を貸しているようで」引け目を感じていた。

たまに団地の住人に出会うと「申し訳ありませんが、よろしくお願いします」と頭を下げてチラシを投函する。こうすると大抵の人は怒らない。直接手渡しすることもある。これは駅頭でのチラシ配布で慣れた。

みどり野団地は四方を丘に囲まれた谷のような地域にある。団地の北端には小川が流れており、初夏には蛍が飛び交う。夏には涼風が吹くほどで、今の季節は他の地域よりも寒い。僕はコートの前ボタンを締めてマフラーもきつく巻き直した。

団地の中央には団地につきものの食料品店に雑貨店などの商店が並んでいる。団地の商店街の繁栄は、団地ができて10年ほどで、近くに大型スーパーができると、いくつかの商店はシャッターを閉ざしてしまうのが一般的だが、この団地は街の中心地から離れた場所にあるので、かろうじて食料品店と雑貨店に保険代理店だけは残っている。おまけにこういうところには公衆トイレがある。

ポスティングの際に困るのはトイレだ。住宅街であれば事前に公衆トイレのある公園を探しておく。公園がない場合はコンビニや至近の駅のトイレを借りる。最悪の場合を想定してポスティングの前には飲食をしないように心がけることだ。

僕は16棟にポスティングしてから団地のトイレに入った。たすき掛けしたトートバッグは軽くなっている。しばらくベンチで休んでから村野の車に戻った。車に戻るとなんと村野は寝ていた。

「こいつ…ポスティングしないで寝ていやがったな」

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