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土方と亀姫 壱

東征軍に制圧された母成峠を脱出した斉藤一は猪苗代城に辿り着いた。城には先に土方歳三が着いていた。土方は母成峠に向う途中で東征軍の一部に攻撃され、そのまま猪苗代城まで逃げてきたのだった。斉藤は土方の表情をうかがいながら「これからどうされますか?」と聞いた。返事はなかった。土方は敗走の悔しさからか目が虚ろで呆けた表情をしていた。

「奴らは思いもしなかったところから来やがった」土方は斉藤の顔を見ずに呟くように言った。
うなだれて落胆した様子の土方を見た斉藤は、彼を力づけようとして「近藤さんに怒られますよ」と言った。しかし、土方は力づけられるどころか近藤の名を聞いてさらに落ち込んだ様子だった。

「鳥羽伏見以来、負け続けだな。こりゃ芹沢や伊東に山南、それに藤堂の祟りに違いねぇな…近藤さんも死んじまったしなぁ」

土方の言葉を聞いた斉藤も、土方に命ぜられるままに斬り捨ててきた武田観柳斎や同志のふりをして罠にかけた伊東甲子太郎や藤堂平助らの死に顔を思い出して気分が悪くなった。

そのとき、女の声が聞こえた。甲高い鴉のような声だった。

「ふふふ、うぬらが手にかけた者たちのことを思い出したか。今さら悔やんでも遅いぞ」

城中に女の不気味な声が響いた。

弐へ

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