見出し画像

新撰組異聞「幽霊」1

以前Facebookに書いたものを修正しながらアップしていきます。全部で20回ぐらいになります。これを書いた後に浅田次郎さんが「輪違屋糸里」を書いていたことがわかって凄く驚きました。素人の僕が考えることなんて、プロの方たちがとっくの昔に書いているもんなんです。勉強になりました。

1.

「それで、お前は見たのか、女の幽霊を…」

近藤勇は、なぜか自分の背後を振り返り見ながら言った。沖田総司から幽霊話を聞いて、いつの間にか幽霊が自分の後ろに立っているような気がしたのだろう。普段は威厳を保とうとして仏頂面をしているくせにこんな時は地が出てしまうのが滑稽だった。

「そうですよ。恐ろしかったなぁ」沖田は言葉とは裏腹に自分の髷を気にしながら薄笑いを浮かべた。

それは昨晩のことだ。芹沢鴨が、いつものように八木邸に菱屋の梅を呼び出して同衾していたのだが、そこに女の幽霊が現れたのを沖田総司が見たというのだ。

とっくの昔に新撰組の屯所は八木邸から前川邸に移っているのだが、芹沢は八木邸を梅との逢瀬の場として使っていた。八木家には子どもたちがいるので、逢瀬の度に聞こえてくる梅や他の女たちの獣のような声に頭を悩ませていた。

「俺もあの声にはまいったよ」女慣れしている土方も呆れていたほどだ。そもそも土方歳三が沖田に話したことが事の始まりだった。

「ほう、そんなにすごい声なんですか。でも、土方さん、なんで知っているんですか?まさかのぞき見したんじゃありませんよね」

「バカめ…」土方が苦笑した。のぞきはしないが声は聞いた。

土方は芹沢の元に通ってくる梅に興味があった。細面の美しい顔、蛇のようにしなやかに曲線を描く身体全体が怪しい気を放っていた。たまに外で梅と出会うと、土方を誘うような妖艶なまなざしで見つめた。その梅が芹沢にどのように抱かれているのか興味が湧いた。だからこっそりと八木邸に出かけて梅の声を聞いたのだった。

「あの女、根っからの男好きなのだ」

「お梅さんの声がどれほど凄いのか聞いてみたくなりましたよ」と言って沖田は好奇心を動かしたようだった。

その夜、沖田は、こっそりと八木邸に入り、芹沢と梅が寝ている部屋に向った。ところが彼らの部屋の前にひとりの女性が立っていた。

沖田は驚いた。遠目であったが、沖田には、それが若い女性であることがわかった。不気味だったのは女が川にでも落ちたかのように全身がびしょ濡れで、髪の毛も結いがほどけて腰まで垂れた黒髪の先からも水がしたたり落ちていた。

女は沖田に気がつくと、向きを変えてゆっくりと沖田に向かって歩いてきた。女がすぐ側まで来た。沖田はその顔を見て戦慄した。女の顔は、溺死体のように真っ白な水膨れで、顔じゅうを水分を多く含んだふやけた皮のようなもので覆われていて、目鼻がどこにあるのかわからないほどだった。「あう…」と女が声を出すと、顔を覆っていた皮がボトリと廊下に落ちた。女の本当の顔が見えた。恐怖のあまり沖田は動けなくなった。

「ひひ…」女は不気味な笑い声を発しながら、ゆっくりと沖田の脇を歩いて、沖田の背後に消えた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?