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釣魚大全「山中湖のブラックバス」

*写真は僕が集めたルアーの一部

30年前…僕は山中湖畔の駐車場にいた。

スピニングリールを着けた2ピースロッド(釣り竿)を、当時の愛車ハイラックスWキャブの後席から取り出すと、ラインの先に結んだ小ぶりなスプーンルアーを外して、可塑剤で柔らかくしたソフト樹脂性の黒いワームに結び替えた。ワームはあらかじめ4センチほどの専用釣り針に差し込んである。それをラインの先にクリンチノットで結びつけた。

手を離すとワームは、ラインの先にプラリと垂れ下がって、微風でくるくると回転し始めた。ロッドを上方に立ててワームを手前に引き寄せ、左手の親指と人差し指で挟んでロッドのラインガイドに引っかけて固定した。ロッドを右手に持ち、左手に小型のルアーボックスを持って、車を止めた北野印度会社(ビートたけしが始めたカレー屋)前の駐車場から湖に突き出た桟橋に向かおうとした。

「ごめん、ナベちゃん。俺らキャンプ場にテントを張ってくるから、ここで釣りして待っててね」一緒に釣りに来た岩井夫婦が、そう言って彼らの愛車ジムニーに乗り込み、ニコニコしながら「じゃね」と言うと、あっという間に湖の御殿場側に位置する旭が丘の方向に去って行った。

当時の僕は、同棲していた女性に捨てられて気落ちしていたので、彼らが僕を励まそうと釣りに誘ってくれたのだったが、現地に到着すると、当然のように彼らは自分たちのことを優先しちゃうのだった。岩井夫婦の趣味は、毎週末のキャンプと釣りで、僕も同棲していた女性と何度か参加したことがあるが、テントやタープを張ったりするのが面倒で僕は苦手だった。今回も釣りを終えたら、彼らと別れて東京に戻ることになっていた。

「ったく…何だよ…置いてくなよ…」

空気は冷たく肌寒かったので、季節は2月だったと思う。観光シーズンではないから湖畔を歩く観光客も少なかったし、桟橋にはスワンボートが固定され、観光用の手こぎボートは水から引き上げられて桟橋の上に逆さまに載せられていた。この翌年ぐらいからブラックバス釣りの釣り客が増え始め、数年後には冬期でも釣り客が定着したので、釣り用のボートこの時のように桟橋に載せられることはなくなった。

僕は桟橋の上のボートの間を縫うように歩いて、桟橋の先に立った。

当時の僕はルアーフィッシングを始めたばかりで、管理釣り場のニジマスしか釣ったことがなかった。釣りは、罪のない魚を殺したり痛めつけたりする殺生行為だと最近になって思うが、当時の僕には倫理観よりも、魚を釣り上げる際の体感を選んでしまっていた。釣り針に魚がかかった際の重量感と抵抗感が堪らなかった。

「ふう…」同棲していた女性のことを考えてため息をついた。高齢者の仲間入りをした今になって考えれば、恋愛で悩むなどお笑いぐさだが、当時は真面目に思い悩んでいた。

僕は、ラインガイドからワームが付いた針を外して、ラインにぶら下げた。スピニングリールのベール(半輪状の金属製糸抑え)を返すと、ラインはすうっと桟橋下の水面に落ちた。桟橋から沖合にキャスト(投げる)するためにベールを戻して桟橋下に落ちたルアーを巻き上げようとすると「グイッ」という手応えがあった。

「桟橋に針が引っかかったのかな?」と考えてリールのハンドルを回すと、ラインが湖水の中でグイグイと左右に蠢く。無意識で桟橋下に落ちたルアーに魚がかかっていたのだ。管理釣り場以外で釣れた経験がない僕には魚が釣れる感覚がわからなかったのだった。

リールのハンドルを回してラインをたぐり寄せる。それからは僅かの抵抗で魚を湖水から引き上げることができた。釣れたのは30センチほどのブラックバスだった。









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