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新撰組異聞「幽霊」3

「芹沢が故郷で殺した女の霊が、常陸からわざわざ京までやってくるもんですかね」と言いながら沖田が笑った。

「俺たちが清川(八郎)や山岡(鉄舟)と、江戸から中山道を京まで歩いてきた時に一緒にくっついて来たんだろうさ」珍しく土方が冗談を言って笑った。土方は躁鬱が激しい。

「幽霊は疲れないんですかね」

「足がねぇから疲れねぇだろう」と言って土方が笑った。今日はよほど機嫌がいいらしい。

すると沖田が「あ、わたしが見た幽霊には足がありましたよ」と言ってから(しまった)という表情をした。

「ん、それは確かか」土方が沖田を睨んだ。

沖田は苦笑いしながら「はい…だって、歩いてましたから」と答えた。
「何で追わなかったんだ」
「土方さん、相手は幽霊ですよ、追えるもんですか」

「馬鹿野郎、歩っているんだから幽霊じゃあねぇだろうよ。長州の間者だったらどうするんだ」今度は怒っている。

「いやいや、あれは幽霊ですよ。土左衛門みたいに変装した間者なんていませんよ」両手を顔の前で左右に振って沖田が否定した。

「ちっ…」土方が腕を組んで総髪を右手でボリボリとかき回した。
「まあまあ、土方さん、総司は立ったまま腰を抜かしていたから追えなかったんですよ」原田佐之助がそう言って笑った。

それを聞いた沖田が口を尖らせて「ひどいな…立ったまま気絶する奴なんていませんよ。でも、芹沢さんの部屋から誰かが出てくる気配がしたので、やっと我に帰って自分の部屋に戻ったんですから」そう言って月代を掻いた。月代を掻くのが沖田の癖だ。

「それじゃ、お前は幽霊が落としたっていう面の皮らしいものも見てねぇんだな」

「はい、翌日、明るくなってから部屋の前に行ってみましたけど何もありませんでしたよ。でも幽霊が落としたものなんだから幻のようなものでしょう。落ちてるわけがないですよ」

自分で幽霊を見たといったくせに、そういうところは冷静なのが奇妙だった。

土方は目を瞑って、しばらく腕組みをして考えていた。

「どうしたんですか、土方さん」原田が心配して声をかけると、土方は目を開けて「幽霊に足があるってのが解せねぇからよ」と言った。

「足のある幽霊だっていますよ、きっと」幽霊を怖がっていた張本人のくせに沖田は呑気だ。

「ちっ、お前、今度、幽霊を見たら必ず捕まえるんだぞ。もし捕り逃がしたら士道不覚悟として処罰するからな」と言って土方は沖田を睨みつけた。

「へ、幽霊より土方さんの方がおっかねぇや」と言って舌を出して月代を掻いた。

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