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土方と亀姫 拾

「私たちを助けるとはどういうことですか」照姫が大多喜丸に言った。
竹子は照姫がさざえ堂の突き出し屋根に向って独り言を言っているように思えた。
「照姫、にしゃは会津のさだめを知らぬであろう」オンボノヤスが言った。
「会津のさだめ…」
「もう終いじゃ」
「薩長は峠を越えて猪苗代に入ろうとしておる。それをわがらが猪苗代でとめてやろうと言うておるのじゃ」大多喜丸が笑った。
「照姫様、会津のさだめとは何でございますか。物の怪と話されておるのですか」
「はい、あそこに大多鬼丸とオンボノヤスという物の怪がおります。私たちを助けてくれると言っております」
「え…」もちろん竹子には何も見えない。それでも目を細めて突き出し屋根の上を凝視する。見えない。
「会津は奴らの強力な武器の前に屈するであろう」
「今、亀姫が箱根より北東のわがらの仲間を呼び寄せておるところである。まずは近場のわがらがやってまいったのであるぞよ」
「亀姫様…それは、どなたでございます」
「じきにわがる」
「日光口や越後口の敵も防いでくれるのでしょうか」
「あだりめだべ。猪苗代の敵だげやっつげでもしょうがながんべ。あっちには信州ど甲州ど越後の仲間が助けでやっぺど来てくれでるどこだ」
「誠でございますか。それはありがたいことでございます」
「物の怪たちが私たちを助けてくれると言っているのでしょうか」竹子があたりをきょろきょろと見回したあとに照姫の顔を見つめた。
照は竹子に頷きながら「そのようですね」と言って笑った。
中野竹子は会津藩江戸常詰勘定役の中野忠順の長女で、江戸の和田倉藩邸で生まれた。照は、前述したように第8代の会津藩主松平容啓の養女となって豊前中津藩主・奥平昌服に嫁いだが、その後離縁されて和田倉藩邸に帰っていた。
竹子は幼い頃から和田倉藩藩邸で照と話す機会に恵まれた、10歳以上年上の照を姉のように慕っていたので、戊辰戦争が始まり、ともに会津に入ったことが嬉しかった。
「竹子は、そちを守るために婦女隊なるものを組織したあと城下に入れずに討ち死にしてしまう運命にあるぞよ」大多鬼丸が奇妙な言葉遣いで言った。
照は大多鬼丸の話を聞いて一瞬驚いた。
「あなたたちは、この世の先のことがわかるのですか」
「わがるんだなぁ…。その竹子をそのような目に遭わせでぇのが」オンボノヤスが笑った。
「遭わせたいはずがなかろうっ!」竹子を妹のように思っていた照はオンボノヤスのからかうような言葉に腹が立った。
竹子は、突然、さざえ堂に向って大声で叫んだ照に乱心したのではないかと驚いた。今までこのように怒りに震える照を見たことがなかったからだ。
「姫、いかがなされました」竹子が問うても、照はさざえ堂を睨んで怒りに震えている。
「私は竹子を守ります」照が言うと大多鬼丸とオンボノヤスが顔を見合わせて笑った。

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