第205話 挿話46「保科睦月との秋の一日」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』
★★★ ライトで、ラブコメな、連作短編小説です。
★★★ 1話完結物なので、どの話から読んでもOKです。1話5分ほど。
★★★ 目次 https://note.mu/kumoi/n/nfab6fd71e1c0
#短編小説 #小説
花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、他人に寄り添う者たちが集まっている。そして日々、肩を寄せ合って暮らしている。
かくいう僕も、そういった、寄り集まることに憧れる系の人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。
そんな、寄り合い所帯の文芸部にも、寄り道をして我が道を行く人が一人だけいます。寄生獣の群れに紛れ込んだ、寄宿舎住まいの少女。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。
そんな楓先輩と僕の文芸部は、今日は少しお休み。秋の休日の一日、僕は同学年で幼馴染みの、保科睦月と僕の部屋で遊んでいた。
「ユウスケは、少し運動をした方がいいと思う」
僕の横に座っている睦月が、意を決したという感じで言った。今日の睦月の姿は、自分の名前の書いたスクール水着だ。僕は、ゲームのコントローラーを握ったまま、睦月に顔を向ける。
睦月は、子供の頃から、野山で一緒に遊んだ友人だ。しかし、中学生になった頃を境に、僕との会話がほとんどなくなってしまった。その代わりに僕の前で、競泳水着やスクール水着姿になり始めたのだ。
部室で睦月は、僕の真正面の席に座り、じっと僕を見ている。僕は、どうすればよいのか分からず、途方にくれている。まあ、水着姿の美少女を毎日拝めるのは、素直に嬉しいんだけどね。
そんな、普段は僕を見つめるだけの睦月が、わざわざ言った言葉だ。やはり重い意味を持つだろう。
「うーん。運動をした方がいいかな?」
「最近、少し太り始めたみたいだから」
「うん。成長期だしね」
「縦じゃなくて、横に成長している気がするの。あと、奥行きも」
「それは、比率の問題だね。人は成長期に、X軸とY軸とZ軸のそれぞれの方向に大きくなる。そのどの軸についての成長が著しいかによって、背が伸びたとか、太ったとか言われるからね」
「ユウスケは、縦以外が伸びている」
「そうかな?」
睦月は、こくんとあごを引く。どうやら、最近僕は太ってきたようだ。中年太りならぬ、中学太り。これは由々しき問題だ。
「ねえ、ユウスケ。一緒に外を走らない?」
「スクール水着で?」
睦月は、顔を真っ赤に染めたあと、ユウスケが望むならと、ちょっと危ない発言をする。
「いや、ジャージでいいんじゃないかな?」
「じゃあ、ジャージで」
危ない危ない。睦月は僕が言ったら、本当に水着で町中を歩きかねない。
「外を走るのか~」
それは大変だなあと思い、声を出す。ゲーム内で、ゲームのキャラを走らせるのは得意だけど、自分自身を走らせるのは苦手だ。
何より、疲労するし、疲れるし、くたびれるし、脱力する。僕の心臓はバクバクと言って、足はガクガクと震える。ステータス異常だ。ポーションが必要だ。コーラを飲んで、回復を待たなければならない。
「ねえ、ユウスケ、マラソンをしよう」
睦月は、僕に水着の体を押し付けてくる。
「マラソンと言えば、マラトンの戦いだよね。紀元前四九〇年に、アテネ軍がペルシア軍を撃破した戦い。重装歩兵の戦術について、いろいろな知見を得ることができるよね。ゲームでも活かしたいところだね」
「走りたくないの?」
睦月は、悲しそうな顔をする。
うっ。
――サカキは、マラソンから、話を逸らそうとした!
――睦月に回り込まれた!
どうやら、この戦いからは、逃れられないようだ。僕は仕方なく、自分の考えを睦月に告げる。
「僕は、自慢じゃないけど、運動不足なんだ。それも筋金入りのね。だから、四十キロも走れないと思うんだよ。僕は、自分のことを、よく理解しているからね」
「じゃあ、十キロでどう?」
いきなり七十五パーセント引きで、睦月は攻めてくる。
しかし、僕にとって、十キロも四十キロも変わらない。走れない距離という点では同じだからだ。
「もう一声!」
「五キロ?」
「さらに大幅ダウン!」
「二キロ?」
「あと半分ぐらいかな」
「……一キロは、さすがに少ないと思うんだけど」
睦月は悲しそうな顔をする。うっ。どうやら、僕と一緒に、長い距離を走りたいみたいだ。仕方がなく、僕はぎりぎりのラインで妥協する。
「じゃあ、二キロかな?」
睦月は嬉しそうな顔をした。よかった。睦月に悲しい顔をさせたくはない。僕は渋々ジャージに着替えて、睦月と一緒に家の前に出た。
家の前。僕と睦月はジャージ姿で立っている。日曜日の午前中。空はとても晴れている。
「ユウスケ、運動日和だね」
「うん。ゲーム日和でもあるね」
睦月は、僕と一緒に運動をするのが嬉しいのか、いつもより機嫌がいい。僕は睦月と一緒に準備運動を始めた。
「じゃあ、ユウスケ、走ろう」
「はあ、二キロか~」
僕は、思わずため息を吐き、睦月と走りだす。
僕はドタドタ、睦月はスタスタ、同じ距離を走っているのに、消費カロリーは僕の方が多そうだ。それに、睦月は僕の速度に合わせて、ものすごくゆっくりと走っている。うーん、僕の方が大変な運動をしている気分になってくる。
「ねえ、睦月。先に行ってもいいよ」
「私が行くと、ユウスケ、休みそうだから」
うっ、見抜かれている。これは困ったぞ。僕は、そろそろ息が上がってきた。こっそりと、コーラという回復アイテムを購入しようとしていたのだが、それも封じられてしまった。
だんだん苦しくなってきた。どうしたものか。そう思っていると、僕たちの後ろから、一人の太った中年男性がやって来て、僕たちを追い抜いた。
僕は、前を走る中年男性の背中を見る。とても太っている。マンガやアニメで、豚を擬人化した絵があるが、それに似ている。
年齢は、おそらく四十前後だろう。その男性は、僕よりも少しだけ速い足取りで、走り続けている。
がんばれば、追い抜けるのではないか? 一瞬、そう考えて、魔が差した。僕はわずかに速度を上げる。太った男性と並んだ。男性は、ちらりと僕の姿を見る。そして、分かるか分からないかだけ、足を速めた。
「ユウスケ、負けているよ」
横を走っていた睦月が声をかけてきた。勝てそうなのに勝てない。ゲーマーの血が騒ぐ。最初から勝てないのならば、諦めも付くが、少しの努力で勝利の達成感を得られそうならば、勝ちを拾いたくなる。
「ふっ、睦月。僕の勇姿を見せてやろう」
勝てそうな相手に勝って、勝利を誇示する。僕は、ダメ人間の思考で足に力を込める。
太った男性の前に出た。数歩ではあるが、僕の方が先んじている。勝った! しかし、その勝利は束の間だった。足音が背後から迫る。並ばれた! 太った男性は、にやりと笑みを浮かべて、僕を追い越した。
やるじゃないか。どうやら好敵手に出会ったようだ。僕は、勝利への策を練る。
「あっ、ラーメン屋!」
僕は、大声を出して、あらぬところを指差す。太った男性は、ラーメン屋を探そうとして背後を見る。
男性の速度が落ちた。策略家の僕は、口の端をわずかに上げる。敵は罠にかかったようだ。太った男性の多くはラーメンが好きだ。だから、ラーメン屋という言葉に引かれて、探してしまう。
僕は男性の前に出る。僕は心の中で歓喜の声を上げる。ふっ、勝負は、肉体の能力がすべてではないのだよ! 知力を駆使することで、身体能力の不足を補うことができるのだよ!!
「あっ、マヨネーズ!」
太った男性の声に、僕は思わず振り向いた。
ちょっと待った~~! 何で僕は、マヨネーズという言葉で振り向いたんだ~~! 確かに太った人が好きな食べ物ではあるけど、そんなものが町中に落ちていたり、専門店があったりするわけないじゃないか~~!
僕は、マヨネーズという言葉で振り向いた自分に、失望する。どんよりとした僕は、走るペースを落とす。太った男性は、軽やかに僕を抜いていく。
「ユウスケ。負けているよ」
睦月が、はらはらした様子で言う。睦月は、一生懸命に僕を励ます。
僕は、睦月の声で、やる気を取り戻す。あそこの交差点まで勝負だ! 自分で勝手にゴールを決めて、猛然と走りだす。僕と太った男性は並んだ。こちらの本気に気付いた相手も速度を上げる。二人は必死に足を動かして、交差点を目指す。
「ゴ~~~~~~ル!!!」
僕は、一人で叫んで交差点で止まった。わずかに僕の方が先にたどり着いた。僕と太った男性は、ぜーぜー言いながら、その場で腰を曲げる。睦月が二人を見比べて、もう走らないのかなあといった顔をする。
「はあはあ、少年、やるじゃないか」
「はあはあ、おじさんこそ、やりますね」
僕は勝利者として、余裕の笑みを浮かべた。
「君は、花園中の学生なのかい?」
「はい」
「ダイエットのために、走っていたのかい?」
「そんなところです。おじさんは?」
僕が尋ねると、おじさんは深呼吸してから答えた。
「僕はね、パティシエをやっているんだ。四十のこの年まで必死に働いてね。競合のお店の研究や、試作品の試食などで、たくさんケーキを食べてきたんだ。その結果、いつしかこの体型になってしまったんだ。四十を期に、これではまずいと一念発起してね、走りだしたというわけだ」
甘野さんというパティシエのおじさんは楽しそうに言った。なるほど、そういった職業の人だったのかと僕は思った。
「ふー、久しぶりにいい汗をかいた」
甘野さんは汗を拭き、僕に顔を向ける。
「君たち、今度、僕のお店に来なさい。何か一つケーキをあげるよ」
「ありがとうございます。お店の名前は?」
「シュガー&バターボンバーだよ。今日の午後から開いている。待っているよ!」
甘野さんは、爽やかにドタドタと走っていった。僕と睦月は、その場所に残される。
「ねえ、睦月。走ったからお腹が空いたね。甘野さんのお店に、ケーキを食べに行こうよ!」
僕は笑顔で、睦月に提案する。睦月は、僕のお腹に手をやり、お肉をぷにっとつまんだ。
「太るよ」
ううっ。僕が、困った顔をすると、睦月は、仕方がないなあといった様子で、表情をゆるめた。
「分かった。ユウスケは、お菓子が好きだから」
「うん!」
睦月は、僕のことを、よく理解しているなあと思った。
それから、きっちり二キロ走らされたあと、僕と睦月は、シュガー&バターボンバーに、甘い甘いケーキをもらいに行った。
※ この作品の初出は「小説家になろう」です。元の原稿は以下になります。
『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』
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