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ニャーイチバンド、レコーディングするニャメ!の巻

2020年のまだまだ寒さが残る2月上旬、雲田イチロウは機材を持ってスタジオの階段を降りていた。時刻は午後2時。石田ジュンキと星野ニャーイチはまだ来ていなかった。

マイクをセッティングし、ギターをチューニングしているとニャーイチが到着。スタジオの部屋番号を伝えていなかったようで迷ったらしい。ジュンキはまだ連絡がない。どうせ遅れるのだろう。

金をかけないレコーディングの巻と銘打ったため、リハーサルスタジオ(リハスタ)での録音で、もちろんエンジニアなどいないわけである。
時間も4時間しかないためミックス(音のバランス調整)は家でやるとして、楽器の音をPCに取り込まなければならない。できればそれぞれのファイルが独立していた方が編集がしやすい。
そこで今回我々は MTR(Multi Truck Recorder) を使用することにした。これは同時録音や重ねどりができる機械で、古くに一時代を築いたと言われるものである。現在ではオーディオインターフェース(PC)で同じことができるためあまり使われなくなっている。
ちなみに、全員見るのも触るのも初めてである。レンタル料は無料だった。

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▲ MTR の様子

ケーブルを接続し、録音ができるか試してみる。
ちょうどその時ジュンキが到着。これでめでたくニャーイチバンドが集まった。

ニャーイチバンド

ニャーイチバンドとは、星野ニャーイチ・くもゐ・やめろよの3人で構成される「アコースティックコミックバンド」である。
各々謎の被り物をして、ライブハウスや木場公園に出没。なんとも気の抜けた曲を演奏するクリエイター集団である。
ただ勢いがあるものの技術や知識はからっきし。今回のレコーディングも勢いだけで集まったものである。

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▲ 左から、やめろや、ニャーイチ、くもゐ

バンド、と言っても路上ですぐできるように、アコースティックギター、ボーカル、タイコ(鍋で作った)という極めて原始的な方法で音を出している。
今回はレコーディングということで、カホンとカウベルも用意した。

録音方法

最近ではリハスタでも最新鋭の録音機材が揃っているところもあるが、ここはリボレ秋葉原、全てがボロいスタジオである。音出しをした時に気付いたのだが、この MTR 、いくつか入力を受け付けないインプットがある。ケーブルを挿しても無反応か、ノイズがひどく使えないものがあったので、8入力あるうちの6入力でなんとかするしかなくなった。

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▲ スタジオリボレの様子(座っているのは RAINBOW4 のドラム、炒飯)(別の日)

通常重ねどりをする時はテンポがずれないようにメトロノームの音を聴きながら行うが、そんなものはない。一度録音したものをスピーカーから流し、それに合わせて重ねどりをするということになった。
これではもちろん重ねた方の録音データにノイズが入ることになるが、諦めてそのまま行うことにした

クオリティを求めて何もできないよりも、完成させた方がよい。

それがニャーイチバンドのモットーだ。

一気に完成

それからは、30分から1時間のうちに1曲のペースで録り終え、最終的に4曲を完成させた。

それまではライブ用のアレンジしかなかったため、思いつきで音を重ねていく。
「曲の頭にセリフを入れよう」「ここにコーラスを入れて、その後に拍手を入れよう」「適当にタンバリンも入れよう」「ゆっくりのパートを入れるか、いや、やめて最初から速くいこう」「もっとにぎやかにしよう」
などのアレンジにとどまらず曲の構成に至るまであらゆることがその場で決まっていく。
このあたりはさすがクリエイター集団といったところだが、もちろんそれを行う技量も伴わなければいけない。まあ、あるかというと限りなくない寄りのありというのが正直なところである。しかし、とにかくやればいいのだ。

あれもこれもとやっていくと、重ねたいものが増えていく。
しかしここはリハスタ、機材は壊れたMTR。そう、入力が足りないのだ。
最終的には「コーラスとカウベルを一つのマイクに入れる」「ボーカルとコーラスが交互にきてかぶらないので一つのマイクでやる」というあり得ない方法をとった。3人のコーラスを一つでやるというのはビートルズを想像していただければよくわかるが、あれだ。なかなか楽しかった。

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▲ 一つのマイクを二人で使っている様子
引用: https://en.wikipedia.org/wiki/File:Ed_Sullivan-Beatles-Help.jpg

そうして最終的にぐちゃぐちゃになった録音ファイルと共に、ニャーイチバンドはスタジオリボレを後にしたのだった。

スタジオリボレに捧ぐ

去る2020年6月22日に、秋葉原にあるスタジオリボレは、閉店した。

ここはニャーイチバンドだけでなく RAINBOW4 御用達のリハスタだった。それ以前にも 6 年ほど軽音部の練習でお世話になった。いろいろなバンドを組んでいろいろな曲を演奏したし、最後までタバコが吸えるスタジオとして大変重宝した。近隣スタジオよりも安かったし、近くに手ごろな飲み屋もあった。

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▲ RAINBOW4 練習の様子

個人練習でもよく利用した。アレンジのためにドラムを教わったのもここだし、石田ジュンキにギターを教えたのもここだ。
決してキレイとは言えず、たまにマイクが臭かったりしたけど、それも含めてかなりの思い出が詰まったこのスタジオがなくなったことはとても悲しい。
ある種「リボレロス」があってなかなか練習を入れられないのかもしれない。
そもそも現在我々が練習のためにおいそれと集まれない理由が閉店の理由そのものとなっていることについて、やるせないという思いが募っている。

今すぐに練習やライブがしたい!そう願うとともに、軽音楽人生の一端を担ったスタジオに感謝をせずにはいられない。
そう思いつつ、跡地に新しいスタジオができることを期待して今回の記事を終わりにする。


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