「Financial Statement Analysis with Large Language Models」の要約

1. 概論

 この研究は、大規模言語モデル(GPT-4)が財務諸表分析においてプロのアナリストに匹敵するかどうかを検討することを目的としています。GPT-4はテキスト生成能力に優れ、多くのタスクで高いパフォーマンスを発揮していますが、数値データを扱う財務分析でも同様の性能を発揮できるかを探ることが本研究の焦点です。財務諸表分析は、企業の財務状況を把握し、将来のパフォーマンスを予測するための重要な手段であり、これまで主にプロのアナリストが行ってきました。大規模言語モデルがこの領域でどれだけ効果を発揮するかを評価することは、将来的な金融市場の分析手法の革新に繋がる可能性があります。

2. 方法論

 研究の方法として、Compustatから取得した企業の財務諸表データを使用しました。GPT-4には、標準化され匿名化された財務諸表を入力し、将来の利益変動を予測するように指示しました。特に、モデルの性能を評価するために、チェーン・オブ・ソート(CoT)プロンプトを使用しました。このプロンプトは、人間のアナリストが行うような分析手順をモデルに模倣させるもので、財務比率の計算や重要なトレンドの識別、最終的な予測を行う際の考え方を順を追って指示するものです。データセットには1968年から2021年までの企業の財務諸表が含まれており、予測精度を検証するために、過去のデータを用いてモデルを訓練し、その後のデータでテストを行いました。

チェーン・オブ・ソート(CoT)について

チェーン・オブ・ソート(Chain-of-Thought、CoT)は、大規模言語モデル(LLM)の思考プロセスを模倣するためのプロンプト設計手法です。通常のプロンプトでは、モデルに直接的な質問やタスクを指示しますが、CoTプロンプトでは、問題を解決するためのステップバイステップの指示を与えることで、モデルがより人間らしい思考プロセスを経るように設計されています。

本研究では、GPT-4に対して財務諸表の分析を指示する際に、CoTプロンプトを使用しました。具体的には、以下のような手順をモデルに指示しました:

  1. 主要な財務諸表項目の変動を特定する:バランスシートや損益計算書の主要項目について、前年と比較して顕著な変動を識別させる。

  2. 重要な財務比率を計算する:流動比率や負債比率、営業利益率など、財務諸表分析で重要な比率を計算させる。

  3. 計算結果を経済的に解釈する:計算した比率や変動を基に、企業の経済的健全性や将来の業績について解釈を行わせる。

  4. 将来の利益変動を予測する:これらの分析結果に基づいて、次年度の利益が増加するか減少するかを予測させる。

このプロンプトデザインにより、GPT-4はより複雑で人間らしい分析を行うことができ、単純な数値予測よりも高い精度を実現しました。

3. 結果

 研究の結果、GPT-4はプロのアナリストおよび最新の機械学習モデル(ANN)と同等以上の精度で将来の利益変動を予測できることが示されました。特に、アナリストが苦手とする複雑な状況や損失を計上している企業に対して、GPT-4は優れた予測精度を発揮しました。予測の正確性は、特定のプロンプトの使用によって大幅に向上し、人間のアナリストが行うような逐次的な思考プロセスを取り入れることで、モデルの性能が最大化されました。また、GPT-4の予測は人間のアナリストの予測を補完するものであり、両者の予測を組み合わせることで、さらに高い精度が得られることが確認されました。

4. 信頼性と汎用性

 LLMの予測の信頼性についても検討しました。GPT-4は、自信を持って予測を行う場合、その精度が向上することが確認されました。特に、大きな変動が予測される場合には、その予測精度が顕著に向上することがわかりました。また、モデルが生成するテキストには、将来のパフォーマンスを予測する上で有益な情報が含まれており、財務比率の分析に関する記述が予測精度を向上させる要因となっていることが示されました。これにより、GPT-4は単なる数値分析ツールとしてだけでなく、詳細な財務洞察を提供するツールとしても機能することが確認されました。

5. 実用的価値と総括

 最後に、LLMを用いたトレーディング戦略の実用性も評価しました。GPT-4の予測に基づくトレーディング戦略は、市場平均を上回るシャープレシオとアルファを生成することが示されました。特に、小規模企業の株価予測においては、GPT-4が優れたパフォーマンスを示し、既存の機械学習モデルを凌駕する結果となりました。この研究は、GPT-4が財務諸表分析において非常に有用であり、プロのアナリストや既存の機械学習モデルを補完する役割を果たせることを示しました。今後の研究では、さらに広範なデータセットを用いた検証や、他の分析手法との比較が求められます。この研究の結果は、将来的にLLMが金融市場における意思決定の中核を担う可能性を示唆しています。


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