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その日、織部夕真は機嫌が良かった。 それは雲一つない秋晴れのおかげであり、フライパンの上で割った卵が双子だったおかげでもあった。 機嫌の良かった夕真は鼻歌なんか口ずさみ、リュックサックにとっておきのレンズとフィルムを詰め、スニーカーを爪先にひっかけた。 玄関を出て濡れ縁へ回ると、夕真に写真を教えてくれた祖父は、庭の白い山茶花に二眼レフカメラのファインダーを向けていた。 「じいちゃん。俺ニシムラさん行ってくるけど。何かお使いある?」 夕真が声をかけると、祖父
教室を出ていく夕真の背中無遠慮な視線が叩く。織部は今日も便所メシ。とかなんとか囁かれているのは知っていて、けれど直接言われたわけではないので否定のしようはないのである。 実際に昼休みを過ごすのは、トイレではなく写真部の部室だ。時折ほかの部員が忘れ物を取りに来たりする以外には誰が顔を出す訳でもなく、学校なんかどこにいたって憂鬱なものではあるが、夕真にとって部室はまあまあ「居られる」場所だ。 窓を開けて換気をし、ポッドキャストで深夜ラジオを聴きながら弁当を食べる。パーソ
九月九日。十八歳の誕生日の朝。重陽の顎は割れていなかった。 「イエス! サンキューダディ!!」 洗面台の鏡の前で、思わずガッツポーズをして叫んだ。 十月十日。十八歳の誕生日から一ヶ月と一日経った日の朝。重陽は自分の顎にうっすら縦線が入っているのに気付いた。 実際には、数日前から内心そんな気がしていた。けれど認められずにいた縦線は、いよいよ認めざるを得ない程度には存在感を発揮していた。 そして今朝。十一月十一日。十八歳の誕生日から二ヶ月と二日経った。 「
高校駅伝の男子大会は、県大会も全国大会もフルマラソンと同じ42,195キロを七人で継走する。場所は違えど、それぞれの区間に割り当てられた距離も同じだ。 いわゆる「エース区間」と呼ばれる最長距離の一区は、持ちタイムで順当に有希が指名された。重陽は奇しくも昨年と同じ三区で留学生のライバルたちを迎え撃つことになり、四区の市野井へ襷を渡す。 『明日、県大会っす』 と一応夕真へメッセージを送ったら、数時間の間を置いて、 『知ってる』 とだけ返ってきた。通常運転の塩対応