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ロングディスタンス

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カメラ男子先輩とオタクランナー後輩の長い初恋の話。(完結)
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#小説

ロングディスタンス⑦

 ユメタが駅伝部のグループチャットに貼り付けた部員名簿の写真。そこに印字された「松本有希 文学部(夜間) 一年」の文字を見て、夕真はすぐに都内の他校で関東学生陸上競技連盟の幹事をしている後輩に連絡を取った。  彼女は一年を通してロードとトラックと問わず大会の運営に関わっているので、今の松本兄弟についても何か聞けるのではないかと目論んだのだ。 「わあっ、織部先輩っ! お久しぶりですーっ!」  高校時代の夕真が唯一、連絡先を交換した女の子──ウツギちゃんこと卯木星奈は、初め

愛日と落日⑨

 まさに「暗澹たる気持ち」そのもので練習を終え、結局それからその気持ちが晴れることはなかった。  自分を追い込み練習に集中している間はそんなことも考えずに済むけれど、それ以外の時ではまた「まあまあ」「そこをなんとか」の重陽に戻っている。  明日はいよいよ試合に向けて北海道へ発つ。という日の練習の終わり。双子と重陽はみんなの前で一言ずつ意気込みを発表させられたが、その時のムードったらなかった。  ある意味一丸となって松本兄弟を露骨に敵視するチームメイトたち。それを煽る遥希

愛日と落日⑧

 車で重陽を迎えに来た父親は、汗だくの重陽をひと目見て一度だけ目を瞠り、一言だけ、 「重陽、今朝履いてた靴は?」  と短く尋ねてきた。 「地下鉄降りる時にすっぽ抜けて、片方無くしちゃって……それで代わりの靴買ったらお金なくなって……鶴見まで来たらICのチャージも帰りの分に足りなくて……」  重陽がしどろもどろに答えると、父親は「そうか」と言ったきり、あとは何も重陽に聞こうとはしなかった。  沈黙が気まずい。気まずい理由を理解しているだけに、居た堪れないほど気まずい。