マガジンのカバー画像

ロングディスタンス

38
カメラ男子先輩とオタクランナー後輩の長い初恋の話。(完結)
運営しているクリエイター

2021年12月の記事一覧

Ready steady go

 青嵐大学駅伝部が初めて走った箱根駅伝の成績は第十位となり、翌年のシード権を獲得した。しかし、それはそれとして。 「十区の選手がゴール直前で行った、相手を煽るようにも見えるあの行為はいかがなものか」  であるとか、 「ゴールテープの向こうにいた学生記者。彼はなにをふざけた声援を送っていたんだ?」  であるとか、 「いやいやふざけちゃなんかいない。あれは純愛だ」  であるとか、 「それで結局、あの二人は恋人同士なのか?」  であるとか、まあとにかく。  相も変

天下の険②

 一月三日。朝七時三十分。夕真は粉雪の舞う函嶺洞門の真上をヘリコプターが飛んでいくのを見た。復路は毎年このポイントからと決めているが、どうしてか空撮用のヘリが飛んでいく時はいつもぽかんと口を開けてそれを見送ってしまう。  今日は喜久井にとって初めての箱根駅伝。夕真にとっては四回目の、そしてきっと最後の箱根駅伝になる。  青嵐大が箱根路を駆けるのは今年が初めてのことだが、夕真は毎年欠かさず往路・復路ともに交通機関を駆使して全区の撮影を行ってきた。  理由を尋ねられればいつ

天下の険①

 一月二日。午前六時三十分。大手町讀賣新聞本社ビル。箱根駅伝の一区を走る選手とその関係者にはロビーが開放されている。  入念なストレッチに励む者や、音楽に聞き入りながら精神統一をはかる者。バランスボールを持ち込んでいる選手もいる。スタートを間近に控え、過ごし方はそれぞれ。十人十色ならぬ、二十一人二十一色だ。  青嵐大の一区を担うノブタ主将はというと、起床直後から今に至るまで一貫してSNSの更新に余念がない様子だった。しかし彼は付き添いの重陽が合流するなりその顔を見て、ハハ

きし方とゆく末②

 怒涛の更新率で居場所を報せてきていた喜久井の母は、ドアの窓ガラスにほとんど顔をくっつけたまま、どうやらお手製らしい青嵐大の応援小旗を振り夕真の目の前を通り過ぎて行った。 「……お分かりかと思いますが、あちらがうちの母でございます」 「分かった。完全に理解した。いいお母さんじゃないか」  乗っている車両は報されていたものの、メリーさん──もといメアリーさんは自分たちの居た場所より少し先の降車口から新幹線を降りてきた。 「重陽! ゆーまくん!」  喜久井と同じ赤い髪、

きし方とゆく末①

 年の瀬も押し迫った十二月二十九日。夕方に発表された箱根駅伝の区間エントリーは様々な媒体で波風を立てた。  一番のトピックは東体大一年・松本遥希の二区起用だ。それまでに叩き出してきた一万メートル二十六分台に迫る記録から言えば、順当と言えば順当。というより、彼に限って言えば一年だてらの二区起用というより留学生たちとの区間新記録争いに注目が集まっている。  その影に隠れて──と言ってはなんだが、青嵐大のエントリーもなかなかどうして物議を醸していた。  青嵐大駅伝部において一

爪と牙②

「ちょっとツッチー先輩! 正気!?」 「当たり前だろノブタ。もうふざけてる時間はない」 「だとしたらバカだよバカ! ノブタが一区で俺が二区って、じゃあ往路は誰が監督車に乗るのさ!?」 「バカはお前だユメタ。レースより裏方を優先するチームなんかあってたまるか」  言われてみればそれはもっともな話だが、とは言えツッコミどころはまだまだある。  昨日ユメタ主務が言っていたとおり、なんとなくの共通認識として上級生の区間配置はだいたい決まっていたようなものだった。──が。そん

爪と牙①

 予選会の結果発表からあとは、完全に夕真の独壇場と言ってもよかった。  彼は周囲の高揚もどこ吹く風といった風情でシャッターを切り、端から青スポのほかのメンバーへ共有したようだ。ウェブ版の記事はほとんどどこよりも先に更新されていた。  彼の写真はその場で青スポの号外にも使われた。スピード感に溢れる荒い印刷の紙面では、土田コーチが宙に舞っていた。 「カッケエ……」  弥生さんの運転する軽の助手席で、重陽は号外を何度も広げたり畳んだりしながら思わず呟いた。 「ふふっ。そう