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#39 抱きしめてもらったのはわたしの方だわ

先日、外食に出かけた日のこと。

席に着き、しばらくすると、小さな男の子の泣き声が店内に響き渡った。
だんだんとヒートアップしていく声に、他のお客さんの視線が、その席へ集中していくのが分かる。

子どもたちがまだ小さい頃、我が家の長男の着席時間が、わたしの着席時間でもあったから、正直外食は楽しめなかった。
メニューをゆっくり見ることも、届いた食事を温かいうちに食べることも、ましてやゆっくり食べることも、ほぼなかったな……と、泣き叫ぶ子をなだめているであろうママの心境に、かつての自分を重ねながら記憶をたどっていると、
「聞いたことある声だな……」
という思いがよぎる。

よぎると同時に、泣きじゃくる小さな男の子を抱えてレジに向かうママの姿が目に映り、「やはり」と思う。
泣き声の主は、以前働いていた保育園の子だったのだ。

上の子も連れながら、ママはひとりらしい。
わたしは席を立ち、レジに向かった。「抱いていい?」と驚くママに目で訊ね、その子の名を呼びながら、ママの腕からその小さな体を抱き上げた。

するとその子は、抵抗もなく反転し、わたしの体に身を預けて首に腕を回し、ぴたりと泣き止んだのだ。
マジか……。
抱かせてもらっているのはわたしなのに、さっと身を預けてくるその小さな体を抱きながら、わたしがその子に抱きしめてもらっているような感覚になる。

入園したての頃、お父さんやお母さんと離れるのが淋しくて泣いていた小さなその子を、連日1~2時間抱いていた日々が蘇る。
「先生も小さい頃、保育園で泣いたんだよ」
「でも、お母さんはいつも、ちゃんと迎えに来てくれるんだよ」
「だから、一緒にここで待ってようよ」
「泣きたかったら、一日中泣いててもいいしさ」
なんてことを小さな耳に囁き、小さな背中をトントンした時間が、もしかしたら、その子の中にも残っているのかしら、と思えるほどに、離れていた時間をシュッと飛び越えて身を預けてくる柔らかな体温を感じながら、わたしはひどく感動していた。

「元気だった?」
「何で泣いてたの?」
「ああ、それは泣きたくなるね」

会話を交わす間も、その子の腕はわたしの首に巻きついていて、愛しさが増してゆく。
成長と共に、様々な経験をして、多くの感情を味わってほしいと、我が子に思う気もちと同じものが、その子へも向かってゆく。

ああ、マジで愛しいわ……。泣いてても、怒ってても、可愛いわ……。などと、まるで、孫を抱くような心持で抱きながら、支払いの終わったママの腕に小さな体を返し、何度も、何度も、手を振り合って別れた。


束の間の出来事だというのに、一週間ほどしてから思い出しても、その束の間の出来事が胸を温める。

やはり、抱きしめてもらったのはわたしの方だわ……と思う。
そして、それはきっと、仕事の時間の中でも同じだったのだろう。


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