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本当は奇跡は毎日あっちこっちで起きているという話

私はこれまでに何度か「ものすごい偶然」というのを経験したことがある。

古い記憶で言うと、20歳の時にヨーロッパをバックパック担いで二か月放浪している時に、旅の途中で知り合ったけれどもう二度と会うこともないと思っていた人(しかも二人)に一か月後に全く別の国でばったり居合わせるということがあった。

20代半ばで訪れたラオスの山奥の小さな町の屋台で隣に座った日本人の女の子には、数年後にJR中野駅の券売機でばったり再会をした。彼女はたまたま友達に会いに中野に来ていて、私はたまたま定期券の更新が近づいていて、中野に越して以来初めて券売機に行った日だった。「これが男女だったら恋が始まるやつだよね」と、私たちは奇跡の再会を振り返ってよくそんな話をした。

朝ごはんを食べたカフェの伝票に「担当:皆川」と書かれていて「へ?なんで私の名前知ってるの?」と一瞬思ったが、それは案内してくれた若い女性の店員さんの名前だったこともあった。

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これが佐藤さんや中村さんならいちいち聞かないのかもしれないが、同じ名前の人に遭遇することが少ない私は興奮して、お会計をしてもらいながら「ご出身はどちらですか?」と質問した。皆川姓は新潟出身の人が多い(私の場合父)という自分調べの情報がどれくらい正しいのか検証してみたい、という好奇心からだった。

そしたらなんと私と同じ愛知県の出身だという。奇遇である。彼女も先祖は新潟の出であることも教えてくれた。私は興奮して自分も愛知県出身だと伝えた。お会計が終わるまでの束の間の間おしゃべりをした後、彼女は「同じ名前の方に会うの初めてです!ありがとうございました、また来てください!」と明るく見送ってくれた。

ちょっとだけ遡ると、今年の二月にも、もっとびっくりする体験をした。

北海道を父娘で車旅していた道中で、父がタンチョウヅルを見たいというので、鶴居村というところにあるサンクチュアリを訪れた。そこには、超望遠レンズを付けたカメラを構えた写真愛好家達がずらりと並んでいた。

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私はフェンスにもたれてツルが動き出すそぶりを見せるのを待ちながら、近くにいた年配の女性に「どこから来たんですか?」とか「何時からいるんですか?」と話しかけた。なぜ話しかけたかというと、彼女が話している方言が私の母国語三河弁に近かったからだった。

愛知ではなく広島県からフェリーでやってきた(*)という60~70代の四人組は、帰る日は特に決めていない気ままなリタイア写真愛好家で、一時間以上前からここでシャッターチャンスを狙っているのだと教えてくれた。

*広島弁と三河弁は結構似ているのです

その後しばらくみんなでツルの行動を観察して、ようやく飛び立ったツルをカメラに収めた後、私たちは「良い旅を」と言いあってその場を離れた。

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その翌週末、私は思い立って今度はスノボのために再び北海道に飛んだ。旭岳のロープウェイ乗り場に車を停めて外に出ると、晴れた青い空に旭岳山頂が真っ白に輝いていて思わず「わあ、綺麗~!」と大きなひとりごとを言った。

そうしたら隣に車を停めて支度をしていたご婦人が「ねえ、綺麗よねえ!」と声をかけてきた。私は「滑るんですか?登るんですか?」と聞いた。すると彼女は「撮りに来た」と答えた。

旭岳を「撮りに来た」というその言い方に、遠くから来た人なんだなという印象を持った。どこから来たんですか?と問うと「広島」と言う。

え。広島。

こないだも広島から写真を撮りに来たという人たちに会ったけど・・・まさか?

だがしかしコロナ禍でみんなマスクをしていて顔の印象はほとんどない。向こうも私の顔を覚えていない。

「先週鶴居村のサンクチュアリにいませんでした?私、父と一緒にいて、鎌倉に住んでて・・・」と先週話した内容を口にしてみると、ご婦人二人が「あーーー!あの時の!あの後飛行機で帰る言うとった!」と思い出してくれた。

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こんなことってあるだろうか。二週連続で、全く別の場所に居合わせるなんて。そのロープウェイの駐車場は結構広い。仮に同じ場所にいたとしても、全く同じ時間に隣同士に駐車する確率はどれほどなのだろう。

私は興奮した。

会話をしていなかったら、この奇跡に気づかずにただすれ違ってしまっていたことだろう。

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ちなみにその時私が泊まっていた美瑛のお宿のご主人の誕生日は私と同じ日だった。365分の1の確率。同じ誕生日の人に会ったのは生まれてこの方まだ5人しかいない。結構な奇跡だ。

奇跡は私たちの周りできっとひっきりなしに起きている。ただそれに気づける人と気づけない人がいるのだ。

私の大好きな言葉の一つに「セレンディピティ」というものがある。これは、思いもよらない偶然を発見することであるが、またその偶然を見逃さない能力をも意味する。

こういう数々の経験が証明するように、我ながら自分の能力としてのセレンディピティ指数はちょっと高いと思う。

それをまとめて振り返ってみると、共通点が見えてきた。ここではちょっと長くなってしまったので割愛し、いつかまた別のnoteで「奇跡を起こすヒント」について書いてみようと思う。

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