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菅首相が「読み落とした一文」からにじみ出る言葉の軽さ

8月6日は広島の「原爆の日」でした。午前8時15分に黙とうと共に始まるこの式典には、毎年広島の被爆地域の関係者だけでなく、多くの国会議員が参列していました。しかし、このコロナ禍で式典そのものが縮小されており、昨年から参加もごく少人数となっています。そして、この式典に参加するか否かは議員にとってその政治思想の現れともみられることから、議員秘書の間では靖国参拝と同等に「うちの代議士、今回は出るって言うから」などと話題になる式典でもありました。

黒い雨訴訟の上告断念

今年は、この式典の直前7月26日に、国による、広島の「黒い雨訴訟」への上告断念が報じられました。今から76年前の1945年8月6日、広島への原爆投下後に降った「黒い雨」を浴びたことで引き起こされた健康被害について、国は一定の地域にいた住民らの医療費を免除するという手帳を交付しています。しかし、国が線引きした被害認定地域の外にいた住民らは、同様の健康被害があっても国の援助を受けることができていませんでした。この指定された地域以外で健康被害受けた住民が国を相手に訴訟を起こしたのが「黒い雨訴訟」です。この指定地域外にいた住民らを被爆者と認めた広島高裁の判決について、菅首相は田村憲久厚生労働相、上川陽子法相と首相官邸で協議の後、上告しない旨発表をしていました。この判断は、新聞各紙で「急転直下」「政治判断で」「選挙目当ての」などと揶揄されるほど、驚きを以て報道されました。

2001年に当時の小泉内閣が、ハンセン病をめぐる裁判で、控訴断念と発表したときの経緯ととてもよく似ていると思いました。


今年、現在も「被爆者健康手帳」を持つ人は厚生労働省によると12万7755人です。平均年齢は83.94歳。そして原爆慰霊碑下の奉安箱に治められるこの1年で死亡が確認された4800人の名前を記した原爆死没者名簿121冊に記載されている人数は合計で32万8,929人です。この数字を調べながら、遅すぎるという思いがこみあげてくるのを抑えることができません。76年は長すぎます。

菅首相が読み飛ばした「言葉」

8月6日の朝、私は秘書時代の仕事の習慣で、時計を見ながら「そろそろ式典が始まっている頃だ」と思っていた時、「菅首相が挨拶文の一文読み飛ばし」の一報が飛び込んできました。原爆の日の式典の挨拶で、菅首相は用意した文章の一文を読み飛ばすという失態を演じました。連日のコロナ対策でよほど疲れていたのだろうと考えることもできます。

しかし、黒い雨訴訟の上告断念は政府としても重い判断だったはず。その直後の広島での式典で、重要なメッセージの部分を読み飛ばすなんていうことがあるのでしょうか。総理の言葉は、常に霞ヶ関の担当の役人が案を作ります。今回も厚労省の担当課か官邸の側近が作ってきた文章だと想像出来ます。その時々の挨拶文を役人が作ること自体、悪いことだとは思いません。政府として発することができる言葉には制限がありますし、挨拶する先への配慮として言葉を選ぶ必要もあります。でも、役人が作るものはあくまでも「原案」であることが大切なのではないでしょうか。漏れなく過不足なく書きまとめられた文章の中に、時の総理大臣が自分の考えを自分の言葉で書き加え表現することで、はじめて受け取る側にも伝わる言葉となるのではないかと思うのです。これまでも菅首相は、用意された文章を間違わないように棒読みすることに対して、批判が集中していました。同じ言葉を繰り返すことで「間違わないように」する。これが最も重要視されてきたのでしょう。今回の読み飛ばしの失態も、原因は同じところにあると思うのです。

渡されたものを間違わないように読めばよい。

だから、文章がつながらなかろうが、意味不明となろうが、「渡されたものを読み上げる」ことに徹した結果なのでしょう。

選挙目当て、人気回復のためとまで言われても断行した黒い雨訴訟上告断念の英断が、薄汚れてしまったように感じてしまい、残念でなりません。

原爆被爆者7団体の一つの広島被爆者団体連絡会議事務局長田中聡司さんは、このように批判しています。
「不勉強かつ不誠実。菅首相の基本的な姿勢が表れたのだと思う」
「間違いや失敗は誰にでもあるが、あいさつはスローガンを並べているだけのように感じた。一生懸命考えて話そうという意識が抜けているのではないか」
と怒りを隠せない様子だったようです。

ここに、菅首相のあいさつ文の全文を載せます。【 】で囲んだ部分が読み飛ばされた部分です。その中で太字になっているところは、訴訟などでも繰り返し訴えられてきたキーワードともいえる重要なメッセージ性の高い文言です。ぜひ読んでみてください。皆さんは、どんな風にお感じになったでしょう。どんな感想でも結構です。ぜひご意見を聞かせてください。

76回目、広島原爆の日 菅首相あいさつ(全文)

 本日、被爆76周年の広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式が執り行われるに当たり、原子爆弾の犠牲となられた数多くの方々の御霊(みたま)に対し、謹んで、哀悼の誠を捧(ささ)げます。

 そして、今なお被爆の後遺症に苦しまれている方々に、心からお見舞いを申し上げます。

 世界は今も新型コロナウイルス感染症という試練に直面し、この試練に打ち勝つための奮闘が続いております。

 我が国においても、全国的な感染拡大が続いておりますが、何としても、この感染症を克服し、一日も早く安心とにぎわいのある日常を取り戻せるよう、全力を尽くしてまいります。

 今から76年前、一発の原子爆弾の投下によって、十数万とも言われる貴い命が奪われ、広島は一瞬にして焦土と化しました。

 しかし、その後の市民の皆様のたゆみない御努力により、廃墟(はいきょ)から見事に復興を遂げた広島の美しい街を前にした時、現在の試練を乗り越える決意を新たにするとともに、改めて平和の尊さに思いを致しています。

 広島及び長崎への原爆投下から75年を迎えた昨年、私の総理就任から間もなく開催された国連総会の場で、「ヒロシマ、ナガサキが繰り返されてはならない。この決意を胸に、日本は非核三原則を堅持しつつ、核兵器のない

【世界の実現に向けて力を尽くします」と世界に発信しました。我が国は、核兵器の非人道性をどの国よりもよく理解する唯一の戦争被爆国であり、「核兵器のない世界」の実現に向けた努力を着実に積み重ねていくことが重要です。

近年の国際的な安全保障環境は厳しく、】核軍縮の進め方をめぐっては、各国の立場に隔たりがあります。このような状況の下で核軍縮を進めていくためには、様々な立場の国々の間を橋渡ししながら、現実的な取り組みを粘り強く進めていく必要があります。

 特に、国際的な核軍縮・不拡散体制の礎石である核兵器不拡散条約体制の維持・強化が必要です。日本政府としては、次回NPT運用検討会議において意義ある成果を収めるべく、各国が共に取り組むことのできる共通の基盤となり得る具体的措置を見出(みいだ)す努力を、核軍縮に関する「賢人会議」の議論等の成果も活用しながら、引き続き粘り強く続けてまいります。

 被爆の実相に関する正確な認識を持つことは、核軍縮に向けたあらゆる取り組みのスタートです。我が国は、被爆者の方々を始めとして、核兵器のない世界の実現を願う多くの方々とともに、核兵器使用の非人道性に対する正確な認識を継承し、被爆の実相を伝える取り組みを引き続き積極的に行ってまいります。

 被爆者の方々に対しましては、保健、医療、福祉にわたる支援の必要性をしっかりと受け止め、高齢化が進む被爆者の方々に寄り添いながら、今後とも、総合的な援護施策を推進してまいります。

 先月14日に判決が行われました、いわゆる「黒い雨」訴訟につきましては、私自身、熟慮に熟慮を重ね、被爆者援護法の理念に立ち返って、上告を行わないことといたしました。84名の原告の皆様には、本日までに、手帳交付の手続きは完了しており、また、原告の皆様と同じような事情にあった方々についても、救済できるよう早急に検討を進めてまいります。

 今や、国際平和文化都市として、見事に発展を遂げられた、ここ広島市において、核兵器のない世界と恒久平和の実現に向けて力を尽くすことをお誓い申し上げます。原子爆弾の犠牲となられた方々のご冥福と、ご遺族、被爆者の皆様、並びに、参列者、広島市民の皆様のご平安を祈念いたしまして、私の挨拶(あいさつ)といたします。

 令和3年8月6日

 内閣総理大臣・菅義偉

https://www.kantei.go.jp/jp/99_suga/statement/2021/0806hiroshima.html




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