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一流は一流の中に在る

――もしかして、この辺だったりして――
なんとなく気が騒いだ。車を道端に停めグーグルマップで検索してみて、驚いた。車を停めた目の前に左に入る細い道が見える。そこを曲がった5m先にその場所が示されていたのだ。

「高村刃物」との出会い

2019年に「グランメゾン東京」というテレビドラマがありました。腕利きのシェフを演じる主役の木村拓哉さんが使っていた魅力的な包丁を提供されていたのがこちらの高村刃物製作所さんでした。ドラマで見たその包丁が美しくて、私は木村さんの手元に目が釘付けになりました。何とか手に入れたいと思い問い合わせをしてみたものの「販売用には作っていません」とのこと。諦めて他の包丁を探していましたが、同じくらい心臓がドキドキする包丁には出会えず彷徨っていました。ところが今年の7月、東京で展示会があることを偶然知り、スケジュールをめちゃくちゃ調整して高村さんご本人にお目にかかり、包丁を入手することができました。

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もう一丁のペティナイフは4か月待ちの注文をし、一丁を持ち帰りました。その日からです。台所で包丁を使うのが楽しくて仕方がないのです。見た目より軽く、手に持つとスッとなじみます。まな板の上に置いた完熟のトマトを手で押さえずに真横から包丁を当てると、それだけで向うが透けて見える薄さのトマトがスライスできます。しかもこの切れ味がずっと続くのです。家庭で料理をする程度でしたら、年に一度も研ぐ必要はないと言われましたが、切れ味は今も全く変わりません。使うたびに感動し、使えば使うほど惚れ込む包丁です。私は次第に、この包丁が作られる場がどんなところなのか見てみたくなりました。あのご兄弟がどんなところでどうやってこの包丁を作っているのか知りたくなって、いつか行ってみよう。そう思っていました。

突然やってきた「いつか」

その「いつか」が今、目の前に現れたのです。
仕事先を訪問した後、以前から行ってみたかった剣神社がわりと近くだったので参拝をしたその帰り道。アポイントをとっているわけでもなく、密かに予定していたわけでもありません。突然目の前に現れたのです。

驚いて目を向けた先に、見覚えのある顔が車から降りてきました。
「高村さんですか?」私は、窓を開けて思わず声に出して尋ねていました。「あ、はい」。高村三兄弟のご次男、高村日出夫さんでした。私の包丁に名入れをしてくださった方です。「どうぞ、ここに車を停めて、どうぞ中へ!」

え?え?中に、って、お約束もしていないのに、え、いいんですか?私は戸惑いながらも促されるままに上がり込みました。

入り口を入って正面はガラス張りの部屋で、中には数人の女性が包丁の検品作業をしているようでした。そのすぐ右にある応接間にお通し頂き、勧められるままにソファにかけると、ご長男の高村光一さんがニコニコしながら入ってこられました。「お約束もしていないのにすみません!」と私はただそれだけを何度も言っていたのですが、高村ご兄弟はニコニコしながら「いや、こないだもこの方が来てくれて」と、フランスメジューブの三ツ星レストラン、フロコン・ド・セルのオーナーシェフ、フランスMOFのエマニエル・ルノー氏が、一人で電車に乗ってここまで来た話に始まり、日本だけでなく世界のミシュランシェフが訪問してくることを楽しく話してくださいました。包丁を使っているだけでなく、見学に来るのだそうです。私がアポなしで来たからって「あ、また誰か来た」くらいの驚きでしかない雰囲気なのはそのせいなのかもしれないと思ったりもしました。私の図々しさはさておきですが。

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話を聞いていて驚いたのはそれだけではありません。ここに来られるのは料理人だけではありませんでした。今回の東京オリンピックで、フェンシングのエペ団体で日本初の金メダルを獲得したチームの牽引役、見延和靖氏は、精神統一を図るためにこの高村刃物製作所で包丁研ぎを習い、その直後から成績を上げ今回のオリンピックにつなげていったそうです。部屋の壁に飾られた五輪のタグが付いた白のTシャツには「EPEE JAPAN」と見延氏のサインがありました。そして、今回の東京五輪で、自転車競技・男子個人ロードレース代表の増田成幸氏のサインが入った真っ赤なジャケットもありました。

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壁には他にもたくさんのものが、所せましと並んでいました。その中でも目を引いたのがこのポスターでした。世界最高峰の料理コンクール「ボキューズドール」。つい先週ポールボキューズで食事をしていたので、親しみがわきます。ボキューズドールは、二年に一度フランスのリヨンで開かれる料理コンクールで、フランスの三ツ星シェフだった創設者ポールボキューズの名前から命名されています。フランス本選に出場できるのは、世界の大陸ごとに勝ち抜いた24か国の代表シェフ。その中のいくつかのナショナルチームが、ここ高村に包丁をオーダーしているのだそうです。

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そして、一位を取ったら特別なものを作ってあげようと約束していてできたのがこちら。2017年の優勝チーム、アメリカ。この青を漆で出すのがとても難しかったとのこと。このポスターや本を見て、この色を出したというエピソードも、笑いながら話して下さいました。

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本物と本物

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その他にも、デンマーク・コペンハーゲンにあるレストランNOMA、ミシュラン三ツ星のレジス・マルコン、フランスの美食ガイド「ゴ・エ・ミヨ」で最優秀シェフ賞を受賞し世界で最も影響力があるといわれるアレクサンドル・ゴチエ等々、書ききれませんが、彼らがこぞって高村の包丁を求め、その感謝をこめて自らの本にその包丁の写真を載せ、サインを入れて送り届けているのです。

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一流は一流の中に在る。

メジャーリーグで大活躍する大谷翔平選手が練習中のグランドでイチローに駆け寄り談笑するシーンを、マリナーズの公式インスタグラムで“Game recognize game”とその写真を載せていました。「一流は一流を知る」

私が知っているのは政治の世界ですが、そこでも一流の人の姿は沢山見てきました。名のある人もない人も、一流の人は、一流の人の中に居て、巌のように何事にも動じず、いつも静かな微笑みをたたえていました。今日、私の目の前で、大切な包丁をたくさん見せて触らせてくださった高村ご兄弟も同じ静かな微笑みがある方々でした。

彼らが生み出す包丁は、世界の超一流が求める一流のものです。私は料理人でもなんでもありません。何を根拠にこんな大それたことを言うのかと、自分でも驚きます。でも、あの包丁をテレビドラマで一目見た時から欲しくなって仕方がなかったこと。そして一度手に入れてからは、どうしてもこの製作現場に行ってみたいと熱烈に思っていたこと。「魅了される」とはこのことです。そして何かに導かれるようにたどり着いた今日の出来事を言葉で表すとしたら、一流の魅力に惹きつけられたとしか言いようがないのです。

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一流は一流としか共にいられない

昔、自分の進路について悩んでいた時、私の恩師がこんな話をしてくれました。「久美子、良い人の輪の中に居なさい。泥棒は、泥棒としか一緒に居られない。一流は一流としか共にいられないのだよ」
彼は私にフランスのソルボンヌ大学時代の親友からの手紙を見せながらこう言いました。「どこに身を置くのかを選びなさい。僕は、彼と語り合ったあの場所があったから今があるのです」その手紙の送り主は、ポーランド出身の第264代ローマ教皇ヨハネパウロ二世でした。

一流は一流と共にいる。目指すものがそこにあるなら、がたがた言わずに、そこに向かうしかないのです。今日の偶然はこんな話を思い出させてもらいました。

一流を目指すのなら、半径1メートルを一流にしておくこと。一流の人の目線の高さを知ることが、自分のスタンダードを変えて進むたった一つの方法です。自分のスタンダードを変えるしか道はありません。自分の「普通」を捨てて得るものは、願った以上の静かな時間だと思うのです。

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