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二階派が動いて自滅した?自民党総裁選の誤算

「河野太郎・・・86・・」
総裁選会場の大きな扉から漏れ聞こえる数字に、記者たちが騒めいた。

――え?河野86って
――高市、114って、河野じゃなくて?

自民党総裁選が開かれたのはグランドプリンスホテル新高輪。

新聞等メディアで報道されている予想の数字が大きく塗り替わった瞬間でした。

【予測】 岸田    河野   高市   野田
議員票  145   125   90   20
       ↓ ↓ ↓
【実際】 146   86   114   34
    (+1)   (-39)    (+24)   (+14)

読み切れない数はあったにせよ、動いた数字の大きさに驚きは隠せません。誰より、一番驚いたのは河野氏だったでしょう。ショックを隠し切れない横顔が生放送で映し出されていました。私は秘書の頃から知り合いの記者さんたちと顔を見合わせて実況放送を聞きなおし、数字を確認してもう一度顔を見合わせました。

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「え?河野の票を剥がした?」

自民党総裁選挙のルールは、一回の選挙で過半数を取る候補者がいなかった場合は、1位と2位が再選挙を実施し、そこで勝った候補が総裁となるというものです。党員党友票は、一回目の選挙ではドント方式で振り分けられますが、決選投票では各都道府県1票に集約されます。ですから、決選投票になった場合は、議員票の動きが勝敗に大きく影響を与えることになります。今回の総裁選は、まさに議員票の想定外の動きが、当落を決しました。そして当落だけでなく、次の総裁選にも大きな爪痕を残したのです。

誰も想像できなかった議員票の動き

今回の総裁選挙は、これまでの派閥の論理が通用するかが注目を浴びていました。それは、福田達夫議員が打ち立てた「党風一新の会」が3期生以下の若手議員を束ねることで、これまでの派閥を食い破っていくのではないかと期待されていたからです。福田達夫氏といえば、父に福田康夫元総理、祖父に福田赳夫元総理と2代続けて総理を家族に持つ政界きってのプリンス。その彼が旗を振ったことに内外から新風の期待があがっていました。

どこまで派閥政治を打ち壊すことができるのか。この動きが功を奏したなら、2A2Fといわれた「安倍(A)、麻生(A)、二階(2F)」らの重鎮による政治は終わりを告げる。若手がもっと自由に発言することができる!ポストももっと早く回ってくる!

そんな声が聞こえてきたのも、次の衆議院選挙ではすでに80歳を超える麻生氏と二階氏も引退するのではないかといわれていたからです。この流れはどこまで大きくなっていくのかは今後の検証が必要ですが、どちらにしても大きな変革を生むには何かが足りなかったのは明らかです。時間なのか、人心掌握術だったのか。

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若手の期待度を高めたのは河野氏であるとされていますが、実は中堅、若手の登用を最初に手を挙げたのは岸田氏。メディアの取り上げ方が、派閥=岸田、重鎮とイメージが強すぎて、この若手の動きが、河野氏だけではなく、岸田氏への支持という側面にも着実に流れていたことを見失っていたのかもしれません。

二階氏は、言わずと知れた人情派です。自民党の最後の派閥の長とも言われるほど、情に厚く人の気持ちに沿うことがうまいといわれてきました。実際、秘書の評判もそう悪くはありません。今回の総裁選では、この二階氏の率いる派閥47人の票を誰につけるのか注目されていました。幹事長以下の党役員任期を「一期一年、連続三期まで」と明言した岸田氏に腹を立てた二階氏は、岸田氏以外を総裁に仕立て上げるキングメーカーを目指したのでしょう。二会派の人数は47人です。野田聖子氏の推薦人につけた8名の票以外の39票。この行方が気になりました。この「39」が河野氏の逸した「39」と同数だったのはただの偶然でしょうか。

【予測】 岸田    河野   高市   野田
議員票  145   125   90   20
       ↓ ↓ ↓
【実際】 146   86   114   34
    (+1)   (-39)    (+24)   (+14)

二階派の39票を、高市氏、野田氏に分散させたと考えると、決選投票になった場合にどの候補にも恩を売ることが可能となる。河野を勝たせ過ぎず、高市に2位になってもらう、野田のメンツを保つ。

危機を分散させるために票を分けたと考えることもできなくはありません。

つまり、予想より遥かに議員票を伸ばしてきた高市氏を見切るのは無理がある。野田氏は二階派からの8票で立候補させたことからもみすぼらしい数字にすることはできない。どちらにしても、河野・岸田の決選投票になるのであれば、初回の一戦は票を分けることで様子を見て、決選投票で戻せばよいのではないか。

こう考えると、人の動きも不思議とピタリとはまってきます。二階氏の懐で頭角を現したいと動いていた議員のひとりに武田良太総務大臣がいます。福岡11区、当選6回の中堅議員です。今回、実際の数字を動かしていたのは武田氏だという話が入ってきたとき、私はなるほど、と思いました。武田氏は選挙区のある福岡に、犬猿の仲といわれる敵(かたき)がいます。麻生太郎副総理兼財務大臣です。度々の補選や知事選では保守分裂選挙の激しい代理戦争を繰り広げ、麻生氏はその関係性を隠そうともしないほど。その中に在って、今回の選挙で麻生氏の推す岸田氏をどうしても勝たせたくはなかったのです。なぜなら、麻生氏も次の選挙で引退を表明し、実質的な傀儡政権を狙っていくのではないかといわれていたからです。

麻生氏に実権を残すことだけはしたくない。だったら、他の3候補の誰にも票を分けて恩を売っておこう。決戦になったら、票を河野氏に戻せばよいだけだ。

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高市氏の114票、野田氏の34票、決選投票で流れた先

計算通りにはいかないのが人心。一回目の投票で想定外に河野氏の議員票が少なく、あろうことか高市氏に越され3位に甘んじたこと、さらには大義名分としていた1回目で総合1位に立つことが1票差とはいえ岸田氏にとられてしまったという厳然たる事実に、現場にいた他の議員は自らの立場を思ったはずです。

このまま河野氏に投票して同じ泥船に乗るのは得策ではない。ここは勝ち馬に乗ろう。

河野氏の不運は更に重なります。高市氏は4候補の中で唯一の右派。決選投票で岸田氏か河野氏かの二者択一となった場合、どちらを選ぶかと迫られたなら、高市氏に票を投じた議員が、より保守的な方を選ぶのは当然の摂理。河野氏に戻るはずと数えていた票が戻らなかったのは、これもまた当然だったのかもしれません。

次の総裁選?

今回の総裁選挙で、一番得をしたのは高市氏だったでしょう。昨年の10月に総裁選に出ると明言し、12月には、選挙区の奈良二区で集会を開いて公言してはいましたが、記事として取り上げられることもありませんでした。知名度では今回の四候補の中では最も低かったはずです。その高市氏が議員票で岸田氏に次いで第二位を獲得できたのは、選挙期間中の知名度アップがうまく働いたからに違いありません。服装も髪型も話し方も、全てをこの総裁選に向け準備を重ねてきていた。高市氏はこれまでよりずっと落ち着いた重々しい雰囲気を漂わせていました。

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前回の総裁選で2位につけると言われていた石破氏から票を剝ぎ取っても2位につけたのは岸田氏でした。その岸田氏が今回は勝利を得たのです。これが自民党総裁選のセオリーだとしたら、次の総裁選で勝つのは今回議員票が2位だった高市氏となるのです。そう単純な話ではありませんが、前回3位だった石破氏が今回立候補を断念した経緯を考えると、河野氏の未来に暗雲が見え隠れするのも仕方がないかもしれません。

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負け続けた菅総理の置き土産

岸田総裁が決まった直後、菅総理は壇上で両手をあげて岸田氏と並びました。壇上の菅総理は、なんとも言えない疲れた表情に見えました。

菅総理は、就任直後から選挙には良縁がありません。確かに、北海道、長野、広島の補選等の3選挙にすべて負けたのは菅総理の責任というには酷な環境だったかもしれません。でも、今年の夏の東京都知事選挙は、50議席を狙う自民党の圧勝かといわれていましたが、ふたを開けたら歴代ワースト2の33議席。これにはいくら都政第1党に返り咲いたといっても、自民党の東京都連も落胆を隠せませんでした。

そして、この8月にあった、神奈川県横浜市の市長選挙も完敗でした。横浜といえば菅総理のお膝元。しかも小此木彦三郎氏の秘書時代からの朋友、当時現職の大臣である警察トップの国家公安委員長だった小此木八郎氏が大臣辞任および衆議院議員の地位も投げ捨てて立候補した選挙です。IRに反対する小此木氏を応援するため、菅総理自身のIR推進策をひっこめてまでも心血を注いだ選挙で、野党が擁立した新人候補に目を覆うばかりの惨敗を喫しました。

さらに、今回、菅総理が応援に入った河野氏の船も沈みました

菅氏は総理大臣となってから、ことごとく選挙には縁がありませんでした。この両手を掲げた写真が悲しそうに見えるのは、そのせいかもしれません。

「選挙運動は投票箱が閉まるまで」。最後まで諦めてはいけないという意味でこう言われますが、今回は更に「投票箱が開くまで」勝つ側も分からなかった心の動きを目にすることとなりました。

内助の功

権謀術数の渦巻く総裁選の現場で最後に印象に残ったのは、岸田氏夫人でした。会場の隅で、柱の前に立ち、応援をしてくれたポロシャツ姿の派閥所属議員の秘書軍団を前に、何度も頭を下げ続けていました。総理総裁になるには夫人の力が大きいと言われますが、何度も頭を下げ続ける姿には私も目と心を奪われました。

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人気と人柄、変化か安定か。不安が渦巻く今の日本には、一息つきたいという心理が、岸田新総裁を生んだのかもしれないと、おだやかな表情をうかべる新ファーストレディの姿を見て複雑に感じ入った1日でした。

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