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全然白くないホワイトデー 〜SIDE:B〜

「いけぽん」こと池田翔太さん @seepfly のnoteに対するツイートを発端に書かせて頂いた「B面」のお話。後編です。
              前編は<こちら

これは、あの日ヨウタと夢の国の海で過ごしたカナコの「それから」の物語...
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3月14日。ホワイトデー当日。
カバンの中で携帯が震えてるのがわかる。
たぶん、いや...きっとヨウタからだ。そう思ったけど今は無理。話せない。話したくない。

大好きだったヨウタと念願のデートだと浮かれて出かけたあの日から、もう3週間くらい経つ。

「あれ?カナちゃん?カナちゃんじゃない?」

「...え?...先輩?」

あの日。うつむきながら歩いていた駅からの帰り道、急に名前を呼ばれて振り向くと視線の先には懐かしい笑顔があった。

「よっ、久しぶり。
 やっぱカナちゃんだったか。」

季節外れのよく灼けた肌。右手を軽く上げて近づいてきたのは、野球部でキャプテンだったタツミ先輩。記憶の中の坊主頭とは違うけど、やさしい目をしてるのはあの頃と同じ。ちっとも変わってない。

私が入学したときにはもう卒業してたから、「先輩」って呼ぶのはおかしいのかもしれないけど。強豪校でもないのに、その年は強くて。かつて高校球児だったお父さんと一緒に何度か球場まで足を運んだっけ。マネージャーしてたおねぇちゃんに頼まれて忘れ物を届けに行って初めて会ったときから、先輩は私のことを「カナちゃん」って呼ぶ。

「雰囲気違うから別人かと思ったよ。でもかわいいね。」

「え...?」

「髪、おろしてるの初めて見た気がする。それにその服も。よく似合ってる。」

ヨウタに言って欲しかった言葉。今日ずっと聞きたかった言葉。

「もしかして彼氏とデートだったのかな。」

「ち、違います。彼氏なんて...いませんっ。」

思わず語気が荒くなる。彼氏なんて...彼氏なんて、いない。今日は「仲の良い友達」と楽しい休日を過ごした、だけ。

「今から帰るとこ?送るよ。
 こんな時間にひとりで帰っちゃ、だめ。」

バスの時間まではまだ少しある。そこまで遅い時間じゃないけど、ひとりになりたくなかったから先輩の厚意に甘えてしまおう。

「オシャレな車じゃなくて悪いけど。」

先輩は、ほんとはランドクルーザーとかに乗りたいんだけどさ、と言いながら車高の高いジムニーに乗り込む私に手を貸してくれた。スズキの軽。かわいいし、かっこいいと思う。ちっちゃな、ジープ。

「なんかごめんな。いろいろ積んであって。」

空き時間で少年野球のコーチをやってるんだという先輩の車は後部座席のシートを倒して完全な荷室状態だった。

「かわいい女の子を送ってくのには似合わないな」

そう言って少し照れたように人差し指で鼻をこする姿はなんだか子どもみたい。ふふ。年上なのに。なんだか、不思議な人。ハンドルを握る先輩の横顔を見ながらそんな風に思う。

「あ、そこの角で大丈夫です。公園のとこ。」

家の近くの少し大きめな公園の2台だけある駐車スペースにジムニーを停めると、先輩が急に声のトーンを変えた。

「なぁ、カナちゃん。なんかあった?」

「...ぇ?」

「カナちゃん、ずっとカラ元気っていうか。元気なフリ、してない?」

まっすぐ見つめられて、思わず目をそらす。

「俺でよかったら、話いつでも聞くよ。カナちゃん、俺の前では無理しなくていいよ。」

「......。」

何も言えずに下を向くしかなかった。口を開いたら泣き出してしまいそうで。先輩はサンバイザーに挟んであったちっちゃなメモ帳を手に取ると、コイル部分に差し込んであったボールペンでサラサラっと自分の連絡先を書くと、うつむいている私の顔を覗き込むようにしてこう言った。

「カナちゃん。話したくなったら連絡して。夜中とかでも構わないよ。別に話をしたいとかじゃなくても。ヒマだったからとかでも全然いいからさ。」

少し冗談めかしてメモを渡す先輩に、コクンとひとつ頷くことしかできなかったけれど。

週が明けて登校しても、仲良しのユミとアスカは何となく察してくれたのかヨウタと過ごした休日について詳しく聞いてこなかった。そっとしておいてもらえるのは正直ありがたい。根掘り葉掘り聞かれてイジられたり。さんざんツッコまれたりしたら。今はまだ軽く受け流せる状態とは程遠くって、とても無理。あのふたりには、話せない。

誰かに話、聞いてもらいたいのに。

少しクセのある、でも読みやすい文字。もう、番号を暗記しちゃうくらい繰り返し繰り返し眺めてる。「思い切って連絡しちゃえ」と思っては、ためらう。そんなことを散々繰り返してるうちにメモ用紙はいつの間にか、すっかりシワだらけになっている。

休み時間に渡り廊下の向こうでヨウタを見かけたのは水曜日。念願のデートだと私だけが勝手に浮かれ、一方的に玉砕して以来4日ぶり。今日まで顔を合わせるチャンスすらなかったし、もちろんヨウタから連絡がくることだってなかった。私が廊下のこっち側にいるのに、気づいてもくれない。クラスの女子と楽しそうにしゃべってる。つまり、そういうこと。やっぱりヨウタは。

その夜、なんだか空回りばかりしてた自分を思い出して布団の中で泣いた。ばかみたい。ヨウタももしかしたら私のこと好きなのかも、だなんて。そんなはず、ないじゃん。眠れないまま泣き続けているうちにカーテンの外が明るくなってる。

頭、いたい。

隣の部屋のおねぇちゃんに聞かれないようにずっと奥歯をギュッてしてたからかも。まだ誰も起きていない薄明かりの中、そっと洗面所へ行ってコップ1杯のお水を飲んだ。

ひどい顔。

鏡に映っているのは、見るからに「泣いてました」って感じに腫れ上がった瞼。カッサカサの唇。部屋に戻ってそのまままた布団に潜り込む。その日は学校を、ズル休みした。

お昼を過ぎても部屋から出てこない私を心配しつつ、今日は代わりの人がいないからごめんねと、おかぁさんがパートに出かけてしまうと、壁掛け時計の秒針の音ばかりがやけに響く。誰もいない家でこんな時間になっても布団の中で丸まってる私はろくでもない、と思う。

誰かと話したい。

ふと、タツミ先輩のやさしい眼差しが浮かぶ。「俺の前では無理しなくていい」って言ってくれた真剣な声が脳内再生されるままに、気づけば先輩の番号に電話をかけていた。

耳にあてた電話の奥で「プルル」っと呼び出し音が聞こえた瞬間、ハッとして電話を切る。だめダメだめ。何してんの私。ばかみたい。もらったメモをクシャッと丸め、ゴミ箱に捨てようとしたその時。携帯が急に震え出し、画面にはとっくに暗記してしまった先輩の連絡先が表示されてる。

「...もしもし」

「カナちゃん?カナちゃんだよね?どうした?」

「タツミ先輩...ごめんなさい。急に。なんでもないんです。忙しいですよね?」

「大丈夫大丈夫。バイトの時間までまだあるし。それにカナちゃんからの電話の方が大事。」

電話の向こうで顔をくしゃっとさせて微笑んでる先輩の顔が浮かぶ。

「どうした?なんかあった?」

「...用なんてなくったっていいから電話してこいって言ったの先輩じゃないですか。ひ、ひまだからかけただけです。ごめんなさい。もう切ります。」

「用事もないのに連絡くれるなんてうれしいなぁ。じゃぁさ、カナちゃんのひまつぶしに付き合うよ。少しおしゃべりしようか。」

なんにもなくって電話した訳じゃないことに先輩はたぶん気づいていたと思う。でも、私が突然連絡をした本当の理由について聞くことはせず、ただただ他愛もないおしゃべりをした。先輩の家にいる、きなこ色した柴犬の話。野菜を売りに来る農家のおばぁちゃんの話。最近見つけた美味しいラーメン屋さん。野球を教えている小学生達にイジられたこと。声に出して笑ったのなんてものすごく久しぶりな気がする。

「ひどいなぁカナちゃん。そこまで笑う?」

「だって先輩...くっくっくっ...」

「まだ笑うか。まったくもう。まぁでもよかった。いつものカナちゃんだ。元気で明るいカナちゃん。俺の好きなカナちゃんだ。」

え...?今のってどういう意味ですか?そういう意味じゃないですよね?頭の中が真っ白になって何も言えないでいる私に気づいているのかいないのか、先輩はそのまま話し続けている。

「このままずっとおしゃべりしていたいけど、悪い。バイトに行かなくちゃ。ごめんな、カナちゃん。このつづきは、またね。」

そう言って先輩が電話を切った後、なんだか胸の上にのっかっていた何かが少しだけ軽くなったような気がしてる。1時間近くも話してたんだ。ちゃんとバイトに間に合っただろうか。

這い出したままの状態で雪のかまくらみたいになってる布団を片付け、パジャマから着替えた。ヨウタのことでくよくよしてたってしょうがない。だってヨウタは私のことなんて、どうせ。

次の日はズル休みせずにちゃんと学校に行った。移動教室のときにヨウタの姿が視界に入って胃の奥の方がちょっとだけキリキリってなったけど大丈夫。前よりは、平気。その夜、また先輩に電話した。そして、その次の夜も。

「土曜日は朝から小学生の相手なんだ」

そう言っていたのを思い出し、図書館の近くにある運動公園まで自転車をこぐ。遠くから、ちらっとでも姿を見ることができたらそれでいいや。約束なんてしてなかったけど、ほかに何の予定もない土曜日。もし、あの夢の国の海で恋人同士になれていたら、ヨウタと過ごしていたかもしれない土曜日。一瞬、そんなありもしない未来図を想像しそうになってあわてて首を振る。ちがう。ちがうから。ヨウタのことは、もういい。そうでしょ?

自転車で切る風は冷たいけれど、よく晴れたこんな日はキライじゃない。

あ。先輩、みっけ。

遠くから見るだけで、よかった。ふふ。今日も元気いっぱいみたい。目的を達成して、さぁ図書館にでも寄って行こうかと回れ右しようとしたその時。

「おぉーい!カナちゃーんっ!!」

ずいぶんと遠くなのにずいぶんと大きな先輩の声に足を止めた。ぶんぶんと両手を大きく振っている。見つかっちゃった...。そのまま聞こえなかったフリも「人違いですよ」のフリもできそうにない。...そもそも本当は気づいて欲しかったのかも。戸惑いつつもフェンスに向かう。

「もう少しで練習終わるんだ。時間あるかな?」

「...図書館行こうかなって思ってて。」

「そっかそっか。じゃあさ、こっち終わって着替えたら連絡する。メシでも食いに行こう。」

ヒュ〜ヒュ〜。デート?デート?コーチのカノジョ??カノジョなの??ヒュ〜ヒュ〜。あついあつい。ヒュ〜ヒュ〜。

野球少年たちが一斉にはやし立てる。

「ば、ばかっ!オトナをからかうな。こんなかわいいコが俺の彼女な訳ないだろ。片想いだよ片想い。」

え...?

ヒュ〜ヒュ〜。つきあっちゃえ〜。ヒュ〜ヒュ〜。

「お前らっ!いいかげんにしろよ。カナちゃん困ってるじゃないか。練習に戻れっ!」

コーチ、いいやつなんで。こんなですけど、すえながくよろしくおねがいしたいっス。かれしにしてやってくださいっ。おなしゃすっ!

少年たちが口々にそんなことを言いながらグラウンドに散らばっていく。先輩、大人気じゃん。

「ここは、味噌が断然オススメ」

先輩イチオシの味噌ラーメンはもやしたっぷりでとってもおいしい。チャーシューを追加トッピングした先輩が餃子を頼みながら言う。

「おしゃれなカフェとかじゃなくてごめんな。でも俺ジャージだしさ。それにほんとここのラーメンうまいし。カナちゃんにも食べて欲しいと思ってたんだ。」

「こういうお店、好きですよ」

「ほら、餃子もきた。食べな。カナちゃんうまそうに食べてくれるから俺うれしいよ。こんなんじゃちっともデートっぽくないけど。」

...ぇ?

「餃子食いながら言うのもあれだけど。ムードもへったくれもないけど。カナちゃん...俺と付き合わないか?いや...付き合ってください。」

ヨウタの顔が一瞬浮かんで、消えた。先輩の真剣な眼差し。テーブルの上の餃子。ラーメンのどんぶり。

「...ごめんなカナちゃん。やっぱりだめだよな。いきなりごめんな。今の、ナシで。」

「な、ナシなんかにしないでください。でも。少しだけ時間もらえますか。お返事、ちゃんとするので。」

「...え?俺、希望持ってていいの?」

私が小さく頷くと、先輩はジャージを脱いでTシャツになりお冷をいっきに飲み干した。

「なんか、暑いな。はははっ。」

暖房が効いているとは言え今は真冬なのに。年上なのに、年下みたい。先輩の上気した頬と真っ赤になった耳を見ながらそんなふうに思った。少しとけた氷がコップの中でカランと小さな音を立てる。

その晩、ヨウタとの共通の友人、ゴウに連絡した。

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昔、野球少年だったゴウ。ケガをして以来、選手は諦めたけど野球が嫌いになった訳ではもちろんなくて。プロ野球に高校野球、果てはおじさん達の草野球チームから少年団のことまでなんでも知ってる。歩く生き字引。活躍した選手のことならなおさら。ほっておいたら先輩の活躍した試合すべての再現実況だってやりかねない。

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さすがに唐突すぎたよね。携帯片手に固まるゴウの姿が目に浮かぶ。

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もったいぶってる訳じゃない。どう切り出したらいいのかわからないから。ここは迷わず直球ストレートで。

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なんだかおかしなテンションで電話をかけてきたゴウに順序立てて説明した。この間ばったり駅前で先輩に会って送ってもらったこと。連絡先を教えてもらったこと。毎晩電話でおしゃべりしてること。一緒にごはんを食べたこと。付き合ってくださいって言われたこと。ヨウタのことは好きだったけど、脈ナシだし、もうふっきれたこと。私がみじめな思いをして夢の国を後にしたことや夜通し泣き続けたことなんかは、割愛。

先輩のことをヒーローだと崇めているゴウが反対するはずは、なかった。それをわかっていて私はゴウに連絡したのだ。背中を押してもらいたくて。私の選択は間違いないのだと、言ってもらいたくて。

ホワイトデー当日。家の近くの少し大きめな公園に向かう間もずっとバッグの中で携帯が震えていたけれど。今日は会わない。会えないとヨウタに伝えてほしいとゴウに伝言を頼む。話すことなど、何もないもの。

2台だけある駐車スペースに先輩のジムニーを見つけた私は、ヨウタからの何度目かの着信を告げ続けている携帯の電源をそっと切った。

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先輩とは半年くらい付き合って、幼すぎた私の恋は終わった。きっかけは、夏の終わりにジムニーの助手席で私が見つけた片方だけのイヤリング。先輩は誰にでもやさしくって、誰からも好かれていて、みんなの人気者。そんなことはわかっていたし、そんな先輩だから好きだったのに。

バイト仲間をちょっと迎えに行っただけ。酔いつぶれたサークルの女友達を送って行っただけ。ご近所さんに引越しの手伝いを頼まれただけ。そのお礼にって手料理をご馳走になっただけ。

「俺がいちばん好きなのはカナちゃんだよ」

結局私は先輩のナンバーワンじゃなくてオンリーワンになりたかったのだろう。ヨウタのことを忘れたくて。好きだと言ってくれた先輩のカノジョになって。楽しかった。でもいつも不安だった。ほんとに私でいいのかな。ほんとに先輩でいいのかな。自分の気持ちに自信がなくて。先輩の気持ちを信じきれなくて。

ヨウタとは話をしないまま高校を卒業してそれっきり。製菓の専門学校に進学したあとスイスに留学したらしい。あのヨウタがパティシエだなんてちょっと想像がつかないけれど。ちゃんと自分のやりたいことを見つけて前に進んでるってすごい。正直少しうらやましい。

あの頃の私は恋に恋をしていたのだ、きっと。愛だの恋だのもわからずに。...オトナになった今だってやっぱりよくは、わからないけれど。


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