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とある夫婦の【Vol.2】

2.酒癖


女は酒が好きだった。
営業職に就いているが普段リモートワークをしている彼女は、仕事が終わるか終わらないかのところで冷蔵庫から糖質オフの発泡酒350ml缶を1本取り出し、毎晩必ず飲んだ。それを10分とかからず飲み干すと、ウーロンハイを少し大きめの縦長のグラスに作り、砂漠で水を見つけたかの如く何杯も何杯も飲んだ。ただ彼女は酒は好きだが弱いタイプで、1時間も飲めば目が据わり、試合終盤の劣勢なボクサーのように項垂れることも少なくなかった。
そんな彼女は現実逃避のために酒を毎日喰らっていることが明らかで、”試合終盤の劣勢なボクサー”のようになってくると、ありとあらゆる不平不満、とりわけ夫である”男”に対するそれを、ジャブも打たずにストレートで立て続けに右左と浴びせ、ガラ空きの彼の顎に渾身のアッパーを繰り出すまで止まらなくなる。

「毎日残業ばかりで飲まなきゃやってられないわよ」
「辞めたくてもあんたの稼ぎだけじゃ何ともならないからやるしかないでしょ?」
「結婚当初と話が違うじゃない!」
「何とか言ったらどうなのよ!」

こんな調子だ。彼の精神状態が心配になってくる。
火のないところに煙は立たないと言う通り、彼にも問題がありそうだが、彼女はしばしばこの通りなのである。



車を走らせている間、彼は6年間のうちに何十回とあった彼女の”防衛戦”を思い出し、戦々恐々とするしかなかった。今日は何か起こりそうな気がする。彼は”長年の勘”を発揮していた。そんな事を考えていると、いつの間にかサムギョプサル店の真横に位置する駐車場に着いていた。


続く…

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