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とある夫婦の【Vol.3】

3.プライド


男は甲斐性なしだった。
高校を卒業するまでの9年間、野球一筋で他に得意なこともなかった。大学には進んだが、毎日ギャンブルと酒に浸り、女にうつつを抜かしていた。その甲斐あり、大学には5年通った。卒業してからも人当たりの良さだけはあったが、仕事は長く続かず、齢30を過ぎた今も失業保険を貰いながらアルバイトをしていた。もうすぐ国からの”慰め”も満期になる頃だ。歳を取るのと反比例するように、人当たりの良さは影を潜めつつある。自分を自分で慰めることだけが得意になっていた。

「結婚したら俺が稼ぐから、大丈夫。」
「何とかなるから、信じて。」

その言葉から6年経った今、彼は”大嘘つき”になっていた。本人はさほど感じてはいないようだが、周りから見れば完全に”ヒモ”だった。自分勝手に建立された6LDKほどの大豪邸、いや、それぐらい大きな”プライド”は鋼の様に硬く、しかし、”彼女”の前では非常に脆かった。というより簡単にへし折られるのだ。彼は厨二病を拗らせたような人間で、彼女に口喧嘩で勝った試しがなかった。


駐車場に着くや否や、彼女は文句を言っていた。

「もっと近くに停めればいいのに」
「まぁいいんだけどさ」

彼女は思ったことを全部口に出さないと気が済まないようで、フォローの言葉は必ず言うが、どこか無機質だ。ランチに付いてくる、申し訳程度の”杏仁豆腐”もしくは”カットオレンジ”みたいに。

「うわっ!水溜り!最悪…」

車を降りてしばらく歩いた先で彼女はそう言うと、彼を睨みつける。彼は慣れた感じで視線を逸らす。午後5時。夕立ちが暫く続いた後の、貴重な晴れ間の時間帯だった。


続く…

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