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スネも折れることはあるみたいです。

昔した怪我の話で盛り上がることがある。
自転車でぶつかってとか部活中にどーたらこーたらとか。

僕も餅つき大会の日に階段で転んでおでこを縫ったことがあるし
体育祭前日に先生が言った「気をつけて帰ってね」がフラグかのようにその帰り道に自転車の車輪に足を巻き込まれ皮が捲れたこともある。もちろん血だらけ。
グアムのホテルのプールで飛び込んだらまだ階段で足が割れてプールが血に染まったこともあった。
今思うとかなりのイベントキラーだ。

そんなそれぞれの怪我話で盛り上がる席がたまにある。
不思議なことに過去の痛みは未来で笑いに変わる。

ただ、今さらっと並べた怪我は僕の人生怪我フルコースの中のメインディッシュではない。

メニュー風に書くとするなら
・前菜「オデコのテリーヌ〜階段の角を添えて〜」
・スープ「車輪と右足のマーブルスープ」
・魚料理「グアム産トビウオのおっちょこムニエル」


まだこんなところだ。

それではそろそろお腹も空いてきたと思うので
本日のメインディッシュ「スネ肉のスノーブレイク」をお楽しみ頂こう。

小学2年生の冬のことだ。

僕は塾のようなところに通っていてそこで催されるスキー合宿に参加することになった。
合宿ではスキー経験があるかどうかで初級、中級、上級と3つのチームに分けられる。
これはスキーの技術を見て分けられるのではなくあくまで自己申告制だった。
僕はスキー未経験者だったので普通なら初級チームに入るべきなのだが当時の僕は上級チームに入る事を選んだ。
この選択が後の骨折に繋がることは言うまでもない。

どうして僕は上級チームに入ったのか
別に意識が高かったとかプライドがあったとかそんなものではない。
単純に仲の良い友達がみんな上級チームだったのだ。


スキー合宿当日


僕はゲレンデの上で足を震わせていた。
もちろん寒さではなく恐怖だ。
そんな僕を嘲笑うかのようにインストラクターが「じゃあとりあえず一人ずつ滑ろうか」と言う。
馬鹿野郎。こっちは滑り方も知らなければ止まり方も知らない。
少しづつ自分の番が近づいてくる、もう後には引き返せない。
歩き方を覚えたばかりのペンギンのようによちよちと歩き僕の体はゲレンデに吸い込まれていった。

ぐんぐんスピードが上がる。
周りの景色が斜線上に通り過ぎていく。
バランスを保つ必死さとどうやって止まれば良いのかという疑問で僕の心の中はぐちゃぐちゃになっていた。
そしていつの間にか僕の視界には一面の大空が広がっていた。

宙を舞っているのだ。

どうやら大人とぶつかったらしい。
7歳の小さな熊田少年の体はその衝撃で宙に放り出されていたのだ。

「あ、ぼく、死んだ」

そのあたりからあまり記憶が無い。
気づけば足の痛みと共に雪上に倒れていた。

スノーモービルで助けに来てくれたレスキュー隊が僕の意識確認をしている。
そのまま僕はモービルに乗せられ山奥の病院へと向かった。

着いた先の病院は嘘みたいにボロボロだった。
出てきた先生も嘘みたいにおじいちゃんだった。
グリム童話の世界に入り込んだような感覚だ。
そんなおじいちゃん先生が僕の足のレントゲンを撮り、出てきた写真フィルムを眺めて言った。

「折れてないね、大丈夫」

その時の僕は安心したが後にその医者を恨むことは言うまでもない。

折れていないという診断に付き添いの先生も安心して
「じゃあみんな昼ごはんのカレー食べてるから合流しようか」と僕に言った。
レスキューの人たちもいなくなり先生と二人でみんなの元に向かう。
もちろん普通には歩けない。だって本当はスネ折れてるし。
僕はあまりに痛む足に本当は折れてるんじゃないかと疑っていた。
だけど僕の痛がり方より付き添いの先生は病院のおじいちゃん先生の折れていないという言葉を信用している。医師免許剥奪してやりたい。

なんとかみんなの元に合流したがその後あまりに痛がる僕を見かねて先生が両親に連絡をし、その日の深夜車で数時間かかる場所だったが迎えに来てもらった。
そしてそのまま大きな病院に行った。

「折れてますね」

ちゃんとした病院のちゃんとした先生が言った。
ほらみろ!折れてるじゃないか!この痛みは折れてるに決まってる!
あのじじぃめ!適当に診察しやがって!
僕みたいな思いをする子供をこれ以上増やしたくない!
いっぱい勉強して将来は医者になろう!
ちゃんと的確に症状を見て診断できる名医になろう!
なんてことは思わなかったがおじいちゃん先生を恨んだことは確かだ。

ちゃんとした先生曰く螺旋骨折という骨折らしい。
スネの大きな太い骨が螺旋状に回転したように折れていたそうだ。
その時の状況と折れ方から察するに宙に舞った僕は地面に叩きつけられた際、足がスキー板ごと雪に埋まりそのまま体が回転したのだろう。

若さと折れ方もあってか手術はいらないとのことだった。
嘘だろ自然治癒かよという不安もあったが僕はこの先生を信用している。
ただかなりの期間足首から太ももまでをギプスで固定され、松葉杖での生活を余儀なくされた。

さて、スネの骨がどうして折れたのかというメインディッシュ「スネ肉のスノーブレイク」は一旦ここでお終いだ。
しかしこの後、衝撃の展開が訪れる。
さぁ皆さんデザートの時間です。

松葉杖生活は大変だった。
何をするにも一人でできないから両親にも相当苦労をかけたと思う。
小学校ではちょっとしたヒーローになった。
餌に群がる魚のように小学生は怪我に群がる。

こうして時は過ぎとうとうギプスを外す日がやってきた。
ギプスは硬いので外すには電動工具のようなものを用いる。
足首の方から太ももの方まで一直線に切り込みを入れて外すのだ。

「火花が散るからこっち見ないように」先生が僕に言った。

僕は素直に従い顔を背けた。
ギィーギィーギィー。
電動工具の音が鳴る。
あぁ、これで長かったギプス生活ともおさらばだ。
気づけば電動工具の音は鳴り止んでいた。僕は自分の足に目を向ける。
すると、先生がパカッと開いたはずのギプスを手で閉じた。
そして気まずそうな顔で僕の目を見て言った。

「驚かないでね」

あぁ、この先生もヤブ医者だったのか。2連続ヤブ医者か。
そりゃそうだスネが折れて、しかも聞いたことない螺旋骨折で、ギプスをつけているだけで治るなんてそんな虫の良い話あるわけがない。
あのおじいちゃん先生の後だったから良く見えただけなのか、ダメな男と付き合った後の恋人は良い人に感じるという女子の錯覚はこんな感じなのか。
もちろん当時の僕はそんなことは思っちゃいないがとにかく治療失敗したのかと思った。

先生がゆっくりとギプスを開く。
僕の目に衝撃の光景が飛び込んだ。


すね毛が生えていたのだ。


7歳にして僕の足にすね毛が生えていた。
しばらくギプスをしていたせいか足の筋肉もなくなり痩せほそった足にすね毛が生えていた。
見た目はゴボウそのものだった。
先生は人間の防衛本能だと言っていたが先生も驚いていたから稀なケースだと思う。

もしかすると世界で一番早くすね毛が生えた男なのではないか。
やった!世界初の男だ!男の中の男だ!
なんて喜ぶはずがない。

僕の通っていた小学校は制服で年中半ズボンだ。
この間までギプスに松葉杖のヒーローが一気に片足ゴボウ人間へと転落した。

怪我をして毛が生えた男の話。

これが人生怪我フルコースのデザートだ。

おっとデザートの名前をつけるのを忘れていた。
名前をつけるとするなら、、、

「ギプスとゴボウのナンテコッタ」

でいかがでしょうか。

今宵は当店のフルコース存分に楽しんでいただけましたかね?
楽しんで頂ければ幸いです。

最後までお付き合いありがとうございました。
それではまたのお越しをお待ちしております。

ビストロKEGA シェフ 熊田健大朗

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