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週に何度か菅田将暉から電話がかかってくる。

週に何度か菅田将暉から電話がかかってくる。

きっかけは22歳の頃だったと思う。

当時の僕は大学生という肩書きの中で関西の小劇場で役者として活動していたり、バーテンダーをしていたり、ファッションショーのイベント制作に携わっていたり今思うとなかなかハードな生活を送っていた。

22歳というと大学内の友達は就活真っ只中。
既に大手の内定をもらった者もいれば決まらず焦る者もいる。

そんな皆にとって慌ただしい節目の中で役者を続けようと思っていた僕は後輩たちに囲まれながら講義を受ける日々が続いていた。

ある日のことだ。

学部内の一番大きな教室で講義があった。
5人掛けの長机がずらりと並ぶ教室で収容人数は1000人程だった気がする。

その日僕は長机の一番右に座っていて左手には両サイドに荷物を置いた女の子2人が座っていた。
  
◯◯◯◯◯
◯AB◯僕
◯◯◯◯◯

要するにこんな感じだ。

ここからはこの隣に座る女の子をA子B子とする。


A子B子は楽しそうに喋りながら講義を受けていた。
だだっ広い教室だから多少の私語は目立たないし別に注意されることもない。
僕自身もその講義に興味があったわけではなく仕方なく出席していたから別に隣の私語にイラつくこともなかった。

講義がはじまって少し経った頃、A子B子の会話が耳に入ってきた。

B子「彼氏ほしい」
A子「合コンしたら?」
B子「頼める人おらんもん」

という大学生らしい会話だ。

僕が心の中でファイトーと棒読みで唱えていたその時だった。

A子が小声で「隣の人に頼んだら?」と言い始めたのだ。

聞こえている、聞こえているぞ。

会話が聞こえてくるのは問題無かったが絡まれるのはごめんだった。
B子は同じく小声で「頼めるわけないやん」と拒み僕は胸を撫で下ろした。

しかしここから怒涛の「隣の人に頼んだら?」ラッシュがはじまる。

A子「バイトめんどくさい」
B子「隣の人に頼んだら?」

A子「誰か単位譲ってくれへんかな」
B子「隣の人に頼んだら?」

A子「教習所全然行けてない」
B子「隣の人に頼んだら?」

と「隣の人頼んだら?」が2人の会話のオチに使われ出したのだ。

バイトも単位も教習所も僕に頼んだところでどうにもならない、僕は神様でもなければジーニーでもない。

B子が「隣の人頼んだら?」と言うたびに2人はクスクスと笑い、少し時間が空き、話題が変わり、また「隣の人頼んだら?」がやってくる。

僕の心(来るぞーそろそろ来るぞー)
B子「隣の人に頼んだら?」
僕の心(キターーーーーーー)

短い時間の中で予想できるようにもなっていた。

はじめはゲーム感覚だったものの間接的にいじられていることからすぐにストレスはやってくる。

黙れ、黙れ、黙れ、黙れ

そう心で唱えるようになった。
決して綺麗ではない言葉を唱え続けると不思議なことに人間の性格は歪んでいく。
いつしか僕の心の中には「この2人は僕が何者かわかっていじっているのか?」という謎の慢心が溢れていた。

ファッションショーのイベント制作に携わっていたと前述したがこのイベントは年に5.6回行われる学生のファッションショーで出演者だけでも年に2000人を超える関西最大規模の学生イベントと言われていた。
そしてそのイベントを運営しているのは僕含めて10人程度でいろいろな大学生や専門学生に顔が知れていた。

そんな小さな事実と役者という特殊な肩書きが僕の慢心を膨らませたのだ。

そして僕はA子B子にこの事実をどうにかして知らしめたいと思った。


僕は携帯を取り出しTwitterのアカウントを開き机の上に置いた。

プロフィールにある程度のことが書いてあるしフォロワーもそこそこいたからだ。

少し咳払いをする。

しかしA子B子は一向に僕の携帯を見ない。

くそう、どうすればいいんだ。

そう思っているうちに僕の慢心は虚栄心に変わっていく。

嘘をついてでもこの2人に僕はただの大学生じゃないんだぞ、そんな人をいまこそこそといじってるんだぞと伝えたかった。

僕は携帯を握り指を動かす。

電話帳を開き『母』を『菅田将暉』に変えワンコールだけ電話をかけて机に携帯を置く。

数分後
ブーブーブー机が揺れた。

さすがにA子B子は音の鳴る方を見る。
もちろんそれは僕の携帯で、画面には『菅田将暉』と表示されている。
A子B子は「えっ?」という表情で携帯から僕に目を移す。
僕は講義中に申し訳ないといった表情で会釈し携帯を取り一度教室を出た。

成功だ。完璧だ。

教室に戻るとA子B子はどこかそわそわしている。そんなA子B子を横目に僕は講義を聞き始めチャイムが鳴ると颯爽と教室を出た。

その日から僕の電話帳の『母』は『菅田将暉』のままなのだ。
5年程経っているから僕はもう慣れてしまった。
携帯に『菅田将暉』と表示されると何事もなく母だなと脳内変換されてしまう。
逆に言えばネットニュースで菅田将暉の文字が出た時は母が最初に頭によぎる。

つまり週に何度か母から電話がかかってくるという話だ。

ここまで文を綴りながら自分で自分に嫌悪感を抱いている。
当時のその考えと行動は客観的にやばい人間だし気持ち悪い。
文章構成上、少しヒステリックに綴っている部分もあるし本当はちょっとした悪戯感覚も混じっていたがそれにしても意味がわからない。

結局残ったのは瞬間的なA子B子の驚きと僕の満足感、電話帳の『菅田将暉』だけだ。

これから先の人生は未来の自分が嫌悪感を抱かないように生きていきたい。電話帳の中の菅田将暉に恥をかかせないためにも。

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