お試し妻の味(1)
ひどい話だと思いませんか。まったくひどい話です。
セックスの後のみりんがうまい?
そんなわけないじゃないですか。ね? だって、みりんですよ。
俺ですか? 俺ならバーボンですね。セックスの前も後もバーボン。それが一番に決まってる。
グラスに満ちた琥珀色とマルボロの紫煙。やっぱセックスの相棒はそうじゃないと……。
しゃべりながら自分が情けなくなってきた。
セックスの後はバーボン? 一体誰の話だ。琥珀色といっても俺のは冷蔵庫のペットボトルに満ちているウーロン茶だ。
そもそも煙草はもう二十年来、セブンスターと決めている。マルボロなんて洋モク吸ったことさえない。
でも、たまにはこんな嘘もつかなきゃならないこともある。恋愛は好奇心と探究心だ。
あら、この男、いままでに会ったことがないタイプだわ。そう思ってもらえればしめたもの。
もう少しこの男のことを知ってみたいわ。そんなふうに興味を持ってもらえれば第一関門クリアだ。
だから格好だって、今日は少しアウトロー。間違ったって、どこかのサラリーマンみたいなスーツにネクタイなんて身につけはしない。ちょっと崩れていて、それでいて不安にはならない程度のワードロープ。
物腰だってアンパイは最悪だ。かといってあまりに知性が先立つのもNG。粗野ではいけないが、それでも野性のスリルを感じさせなきゃ始まらない。
そう、スリル。そこにドラマを見出せるような。目の前にいる男とのアレをちらりと想像してみたくなるような……。
どうやら図星だったらしい。ワイングラスを見つめる瞳が翳ってきた。頬だって微かに火照りはじめてる。うなじが艶っぽいよ、奥さん。
さあ、あと一押し。妄想を現実にしてあげるための最後の味付け。暗黙のうちに了解済みのやさしい暴力か、それとも自己容認のための口実か。この奥さん、どっちが好みだろう。
いやいや、もしかしたら自分からしゃぶりついてくるかも。
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