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君が知っている僕と、僕だけが知らない君 ④

君に出会えた日

【6年前】

『はいはい。みんな席についてー。今日は新しいお友達を紹介します』

冬休み明けの初日、始業式後の教室に担任の横谷先生が転校生を連れてきた

『…さんは、お父さんのお仕事の都合で札幌からお母さんと妹さんと3人しばらくこの町で暮らすことになりました』

クラス中から歓声が上がった。人口10,000人程度の小さな漁師町に転校生が来るだけでも珍しいのに、それが札幌という都会から引っ越して来たのだからざわめき立つのも無理はない

『おいトール。見た?やっぱり着てるものも何ていうか札幌だよな』

前の席の文明が振り向きざまかなり興奮した口調で話しかけてきた

『フンミ。服が札幌ってどういう意味だよ?』

そんな会話が横谷先生にも届いたのかこちらを指して注意してきた

『そこ静かにしなさい。木村君もちゃんと前向く』

お調子者の文明はバツが悪そうに立ち上がってオデコを(ぺしっ)と叩いてから座り直した

(服が札幌だなぁ…)実は先生の後ろに隠れている女の子を見て僕もそう思っていた

『先生…あの…』

その女の子は何やら申し訳なさそうに横谷先生に切りだした

『大丈夫ですよ』とひとこと彼女に声をかけてから

『皆さん。…さんは、あまりお身体の調子がよくありせん。それで…』

話の途中に『ええー』と声を上げたのはクラスの女子たちだ、本当にこういう秘密めいた話が好きらしい

『静かに!だからあまり激しい運動とかはお休みする日もあります、ですから体調悪そうね…と思ったら保健室に連れて行ってあげること。あと私か養護の南先生に教えること。わかりましたね』

『はーい』と声を揃えたのも女子達だった

『席はあそこ列の一番後ろ。あなた達、用務員さんのところへ行って机と椅子貰ってきて下さい。はい急ぐ』

横谷先生が指を指したのは僕の後ろのスペースだった
『へいへいほー』と声をあげて文明が立ち上がり、何故か『お前のせいだかんな?』と僕の腕を取って用務員室へと向う。どうやら『あなた達』の自覚はちゃんとあるらしい

用務員さんが用意してくれた机と椅子を教室に運こび込み僕の席の後ろに新しく転入生用の席が出来た
それまでの間、僕の席に腰掛けていた彼女は立ち上がり、もじもじしながら僕の顔を凝視して何かを言いたそうに首を傾げている

『はいどうぞ』

とテレビで視た何処かの紳士のように大仰に手のひらを見せて腕を胸から机へと動かした

『あの…ありがとう。トール君とえーとあの名前がまだ』

『俺はね、フンミ。木村だからフンミでいいよ』

『何でだよ。ふみあきだからだろ?木村ならキンムだよ。今日からキンムにするか?』

そう言って文明を軽く小突くと彼女も小さく笑う、どうやら転校初日の緊張も少し和らいだようだ。それよりも

『俺名前教えたっけ?』

彼女は大きく首を振って、またもじもじしながら左斜め後ろの席、つまりは彼女の左隣の女の子に『あの子が』という目線を送った

その目線の先の本人は憮然とした態度で僕に向かって『しっしっ』と手で振り払う動きをしながら

『要注意人物の名前を教えただけだから、気にしないでいいから』

こいつは小学4年生とは思えない不遜な態度と難しい言葉を使う。このクラスいちの危険人物のくせに

『あの…その…ゆっちーさん?』

転入生はさらに困った顔をしてみせた

『はぁ?何がゆっちーさんだよ?お前いつからそんな三橋美智也みたいな呼び名になったんだよ』

要注意人物が危険人物に喰ってかかる

『いいじゃん。由美だからゆっちーなの。キンムやチンミよりは可愛いよね?』

(珍味?何だそれ)

彼女の名前は由美…上川由美

『そっか…あなたもゆっちーだね。よろしくね』

本物の上川由美はそう言って転入生と握手をした

小学4年の3学期始まりの日の出来事。

それが昨日突然僕の前に現れ、そして今は傍らでハーモニカに耳を傾けている

本物の『遠野ゆかり』と初めて出会った日の記憶

もうじきあの頃より少しはマシに吹けるようになった彼女が大好きだという『雨に微笑みを』のハーモニカ演奏は終わる…

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