何年も会っていない、そして今後会える見込みもない人の話をする。

高校生の時、前下がりボブとかいう維持費のかかる髪型をしていた為、月1で美容院に行っていた。
私は小学生の時から今に至るまで、地元の同じ美容院にずっと通っている。ずっとロングヘアだったので通う頻度が低く、行くたびにアシスタントの方が変わっているのが常であった。しかし月1となると話は変わる。毎回同じ人に会うようになった。

今思い返しても、なかなか変わった人だった。

そもそも人とよく話す接客業というのは、比較的当たり障りのない世間話に始終するのが通常というか、よくある形だと思う。彼は違った。普通に私を軽く弄ってくるし、普通に自分の話などして来た。なんというか全く気負っていなかった。個人商店の人の雰囲気である。彼はアシスタントだが。
いわゆる「好き嫌いが分かれるタイプ」だったと思う。あまり出会わないタイプなのでその希少性を楽しんでいた。大人と接するときの妙な構えが、彼と接する時は出なかった。
まあ何より、不思議と嫌な感じは一切しなかったのだ。特別な訓練でも受けたのだろうか。

私はおそらく普通より美容院に出向いた回数が少なめなタイプなので、あらゆるアシスタントの方と接した訳ではないが、「僕今日E-girlsのライブ行くんですよ、良いでしょ」と自分から口火を切って話し始めるアシスタントを他に知らない。「へー良かったすね」と興味がないのを隠さずに言うと、「その感じはどうせAmiちゃんしか知らないんでしょ!」と言われた。ご明察である。

横殴りの雨が降っていた日、太もも辺りまでそこそこ濡れて来店した私に「傘さすの下手でしょ」と言ったこともあった。うるせえよ。上手いとか下手とかあんのかよ。まあそう言われても仕方がない濡れ具合だったので恥ずかしかった。客を恥ずかしがらせるな。

毎回顔を合わせ、その個性でもしかしたら店の顔になってしまっていたかもしれない彼も、2年近く経つと見かけなくなった。その間に私も大学に上がり、成人式に向けて髪を伸ばし始めたため通う頻度が落ちた。
見かけなくなってから1年近く経ったある日、彼は再びお店に立っていた。まさか居ると思わなくて見た瞬間固まってしまった。
一時期見なかったからびっくりした、と言うと「最近いないけどどうしたの?」といったことをちょこちょこ聞かれたと言っていた。密かに人気者だったのかもしれない。

実は会わない間に、彼らしき人を見掛けたことはあった。4月の大学周辺は新入生に声を掛けたりビラを配ったりする美容師で溢れ返る。黒髪を貫いていた私など覿面に声を掛けられたものだ。そんな中、ビラ配りをしていた一人が彼に似ていたので「あれ?」と思ったのを思い出し、本人に確認した。
「それ僕じゃないですね、えっ因みにそのビラは受け取ったんですか?」
「いや………」
「僕だと思ったんなら受け取ってくださいよ!」
これに関してはごもっともである。

その時には少し髪を染めていた私に「僕○○さんだけは染めないって信じてたのに」などと言われ、知らんがなと思ったのを最後に彼とは会っていない。その美容院には通い続けているが。
先日行った際、店長さんとの話の流れで「いやまあなんとなく分かると思いますけど、あんまりこうクラスの中心で盛り上がってるタイプじゃなかったんで」と言うと、「いやそれは『でしょうね』とか言えないでしょ、サービス業として」と返されたのだが、彼なら平気で「でしょうね」と言っただろうな、と思い出したので書いた次第である。
彼が今どこで何をやっているのか知らないが、変わっていないと良いなと思う。あと1回ぐらいなら会いたいかもしれない。

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