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『東京の編集者 山高登さんに話を聞く』 夏葉社

今となってはどのような経緯で知ったのかわからないのだが、去年『古くてあたらしい仕事』という本を読んだ。島田潤一郎という一人で出版社を経営している人が書いたものだが、これが大変面白かった。それで彼の経営する夏葉社が出版した本を何冊か買って読んだ。本の内容もさることながら、紙や装丁も含めた全体としての本の佇まいが良いものばかりだ。

一番気に入ったのは関口良雄の『昔日の客』だった。古書店を営む関口が仕事のことや作家のことを随筆にした作品だ。どれも自分との接点のない話だが、どれも面白かった。関口は1977年8月に結腸癌で亡くなった。享年59歳。今の自分と同年代だ。本書の「復刊に際して」に御子息の関口直人がこんなことを書いている。

亡くなる十日ぐらい前でした。真夜中に仕事から帰ると、父は眠れずに目を開けていました。足の裏を揉んであげると、気持ちよさそうな表情を浮かべながら静かに話してくれたのです。「どんなものでもいいから、お前は詩を書け。詩を書くことによって、お前の人生は豊かになる」、窓のカーテンが時折り緩やかに揺れ、月の光が差し込んでいました。(223頁)

自分が短歌とか俳句を詠みたいと漠然と思い、万葉集講座だの通信教育だのを受けていたのが2018年から2019年にかけてのこと。2019年からは「角川短歌」に投稿を始めてはみたものの、熱量としては一旦はそういうものから遠ざかりかけていた昨年にこの一節を目にして、残り少ない人生を多少なりともマシにしようという悪あがきのようなつもりで細々と短歌や俳句を詠み続け今に至っている。尤も、「詠む」というほど詠んではいないのだが。

マクラが長くなったが、山高登は『昔日の客』の復刊版に口絵と裏表紙の版画を提供している。木版画家になる前は新潮社に編集者として勤務していた。本書は夏葉社の島田が山高の話を聞き、まとめたものである。関口のことは本書にも出てくるが、山高は仕事で室生犀星の自宅に通っていた時に、室生宅の近所にあった関口の店に客として訪れたのが出会いの始まりだったそうだ。上林暁が脳溢血で倒れて阿佐ヶ谷の河北病院に運ばれた時、山高も関口も知らせを受けて病院に駆けつけ、そこで改めて互いの自己紹介をして、上林への想いについて4時間ほど語り合ったことで一気に距離が近づいたらしい。『昔日の客』の初版のほうの出版に際しては山高が編集を担当した。

自分に友達がいないから思うのかもしれないが、山高も関口も彼らの書いたものに登場する人たちも随分熱心に語り合うものなのだなぁと感心する。語ることもそうだが、時間が経つのを忘れて何かをしたという経験も私には無い。この先、そんな相手ができたり、そんなことに巡り合ったりするものだろうかと今は思うのだが、何事も終わってみるまではわからない。


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