若いうちの苦労は買ってでもした方が良い派。9/100
さて、本日はタイトルの通りなのですが、私の生きてきた時代は昭和と平成のはざまでスポ根全盛期を少し去った頃であり、下の代からはゆとり教育が始まったようなそんな時代でした。
苦労こそが正義みたいな場面にもたくさん出会ってきました。
高校時代の部活は3時間走りっぱなしでも水分補給がコップ一杯の水だったし、大学の飲み会は今で言うアルハラ・パワハラの連続だったし。
当時は辛かったし、なんでこんなことをやるのだろうと悩んだこともありましたが、当時の考えとしては逃げることが悔しいという感じだったのでなんとか乗り切ったんだと思います。
大学時代に経験した実習だって1日の睡眠時間をいかにけずれるか、寝てない自慢みたいなのがありました。
経験してきて思ったのは、その辛さの元を辿っていった先に愛があるのかといったことが重要なのではないかということです。
部活の先輩たちは辞めさせたくてアルハラ(まがい)をしているわけではないです。
実習地でも辞めさせたくて無理に厳しくしているわけではないです。
これは受けて側の感情かもしれないですが、愛情と捕らえられれば頑張れるし、そうなれば成長につながると思います。
誤解を与えないように伝えると、僕自身はパワハラもアルハラもしないよう普段から気を付けています。
自分が受けたことを相手が受けたいとは限らないからです。
苦行こそ正義なんて思わないし、辛いことを経験せず爆速で成長できるのが一番いいに決まっています。
でも社会に出て思うのは、一定程度の間隔で辛い体験が待っています。
明日までにやらなきゃいけない、一気にタスクが降ってくる、社会の理不尽など。
その都度逃げていたらやっぱりうまくいかないと思うんです。
文章にすると、その匙加減が難しい部分ではありますが。。
ただ、今までの活動を振り返って思い出されることって楽しいことと同じくらい辛かった体験があると思っています。
そして、あの時こんな大変な思いをしたんだから今はまだ頑張れるとかっていう、自分の中の線引きができるようになります。
水飲まずに部活頑張れたとか、センター試験に向けて1日14時間くらい勉強していたなとか、訳わからん飲み会のゲーム耐え切ったな(これは潰れたりして耐えきれてないかもしれない)とか、実習で睡眠時間少ない中でも部活やり切ったなとか、病院泊まってまで英語論文訳してたなとか。
結局成長するときには痛みを伴うことが多いので、
若いうち=体力や気力が溢れているうちにどんどん大変なことを経験することは代えがたい財産になると思っています。
若いうちの苦労は買ってでもした方が良いし、
誰にとっても自分の一番若い日は今日なので、
積極的に大変な環境に行くことが良いと思っています。
このとき難しいのが、ストレッチ痛なのか、ただの痛みなのかという判断がつきにくいという点です。
自分の経験談でいくと、3つの分野で同時に1%のプラス努力をしようとするといい具合にストレッチ痛がかかります。
たとえば本業で普段より10分早く仕事を終えようとする、趣味のランニングを5分だけ増やしてみる、休みでみていたテレビを30分短くするなどです。
こう言ったことを積み重ねると適度に痛みを感じるようになり成長につながります。おすすめ。
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