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クリスマスを盛り上げた龍の橋

こちら の続き設定ですが、単独で楽しめる作品です。

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「ほう今日はふたりでデートなのか」「そうみたい。あのふたり本当にお似合いだから結婚するかも」
 クリスマスの夜。仕事から戻ってきた野島健太郎は、妻のベトナム人リエンから、甥のフットが日本人の彼女・成美とクリスマスも楽しんでいることを知って口元が緩む。

「まあ、あのふたり付き合い始めだからなあ」「そう考えたらワタシタチのことも思い出すわね」「ああ、そうだ。12月に出会ったもんな。初めて過ごしたクリスマスの夜のドラゴンブリッジ」

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「ようやく慣れたかな」6年前にあたる2014年12月上旬。2か月前から新規事業で健太郎が来たのはベトナムの中部の都市・ダナン。世界遺産のホイアンまで車で1時間の距離にある都会だ。この地に赴任したばかりの健太郎は、休日を利用して町の中心にあるハン市場の近くにいた。

 東京の本社で管理職だった健太郎は、独身。だが長く付き合っていた恋人・美咲がいた。彼女は職場の部下であり5年間交際。だが別れは突然やってくる。それは交通事故。暴走した車が歩道に突っ込み、偶然その場にいた美咲に衝突した。そして即死。

「プロポーズの準備をすすめていたのに。なぜ急に」健太郎は1年前に突然目の前から消えた、美咲のことで相当なダメージがあった。だが、元来ビジネスマン。社内では若手の出世頭である。だから忘れるために「仕事」という行為でカバーした。残業手当がつかないのに毎晩夜遅くまで仕事をする。しかし終わってから、翌日の出社までは健太郎にとっては孤独の時間。

「このタイミングでベトナムに来たのは正解だった。東京では仕事のとき以外はダメだ。こんな明るい街なら気分爽快。昼間は少し暑いとはいえ、集団で走るバイクの喧騒に巻き込まれれば、仕事以外のときも随分気分がまぎれる。
 美咲のことを忘れるのは、本当はよくないのかもしれない。だが生き残った俺は、彼女の分も頑張るためにあまり意識しすぎてはいけないんだ。


「Nguy hiểm!(危ない)」と突然、後ろでベトナム語が聞こえる。するとバイクと接触しかけた。ベトナムのバイクは基本的に速度が遅く、相手もブレーキを引いていたので、かすった程度。健太郎へのダメージは皆無だ。

「Tôi xin lỗi(申し訳ありません)」覚えたてのベトナム語で謝る健太郎。歩と相手の顔を見た時に驚いた。「え!」健太郎は目を疑った。バイクを運転していたベトナム人女性の顔が美咲そっくりだったからだ。
 だがバイクはそのまま過ぎ去っていく。「幻覚?」健太郎は不思議な気持ちに駆られた。

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 健太郎はダナン支社の支社長である。駐在員として運転手が付く。車を降りて社内の支社室に入る。健太郎には男女ひとりずつのベトナム人秘書がいた。しかしその秘書のうち女性のほうが先週末で退職した。
「ボス。まもなく後任者が来ます!」男性秘書ドゥックは、健太郎が支社長室に入ったと同時にそういった。
「ご安心ください。彼女も日本語ができます」
「そうか、ならドゥック。新人さんとの業務のやり取りは任せたよ」健太郎はそう指示すると、席に座り自らのパソコンの電源を入れる。

 30分後、ドアがノックされた。ドゥックは席を立ちドアを開ける。「よろしくお願いします」若干の訛りがあるものの、はっきりとわかる日本語の女性の声。
「前任者よりは日本語が通じそうだ」健太郎はそうつぶやくと席を立ち新任の秘書の前に来る。「はじめまして、リエンと申します」と頭を下げて、顔を上げた。
「野島です。日本語が十分なので助かります」とあいさつをする。そのとき健太郎の視線が驚いた。「あ!」彼女の顔は美咲に非常に似ている。それだけではない。よく見れば昨日バイクの接触事故になりかけたあのバイクの女性運転手と同じではないか。

「あ、昨日の」「あ、ボスが!昨日の。ああ。すみません」
「あ、いえ謝ることはない。あれは僕がよそ見をしていたから。でもまさかあのときの君が... ... 」健太郎はそのことにも驚いたが、それ以上に美咲にそっくりの彼女と言うのが、驚きを増幅させた。

 そうなると、リエンという秘書が気になって仕方がない。「美咲と顔がそっくり。でも彼女はベトナム人。別人なんだ」健太郎はそう言い聞かせながらも、仕事中はどうしても気持ちがリエンに向いてしまい、視線を送ってしまう。だから本来ドゥックに任せる案件まで、思わずリエンに依頼してしまうのだ。

「あ、ボス。リエンばかりに。私もいます」とドゥックに何度も指摘されてしまう。健太郎はその都度「あ、申し訳ない。ちょっと新人さんなので」とごまかした。

 
 リエンが赴任して1週間。この日は現地視察のために健太郎は終日支社を離れる。
 本来ならドゥックが秘書としてつくことになっていた。ところが偶然にも別の案件があり、ドゥックが同行できなくなってしまう。その代わりにリエンが健太郎につくことになった。これは健太郎にとっては心躍る瞬間。思わず心の中でガッツボーズを出す。

 そしてリエンとふたりで現地視察をする。現地の担当者との通訳がリエンの役目。特に問題なくやり取りは勧められたが、健太郎がリエンを呼ぶときに思わぬ失敗を繰り返す。
「おい美咲、今なんて言ってた?」「ええ、Bạn nói gì?(あなたは何を言っていますか?)」当然見知らぬキーワード「ミサキ」が出てくるため、その都度リエンが不思議そうな表情をする。
「あちゃ、また言ってしまった」健太郎はその都度謝った。

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 視察が終わると、現地の担当者との会食。いわゆる接待を受ける。それを終えて車に乗り込んだふたりは会社へ。「リエンさん、本日はお疲れさまでした」「オツカレさまです」
「あのう昼間は、変なことを言ったかもしれません。大変失礼しました」
「いえ、それは大丈夫です」リエンは特に気にしていないようだったので、健太郎は少し安心する。
 健太郎はふと車窓を見ると、暗がりの街を彩る派手なイルミネーションが輝いていた。
「おお、きれいだ。ベトナムもクリスマスのイルミネーションが」
「はい、ボスはベトナムで初めてのクリスマスですか」「ええ、まあそうなるね。ベトナムのクリスマスはどんな感じですか」
「うーん、多分そんなに違わないと思いますが... ... あまりいろんな国には行ったことがないのでわかりません。ただ日本にいたことがあるから、日本のクリスマス知っています。多少は違うかもしれません。でもそんなに大きく違うことは無いと思います。ただカトリックの友達は、市内にあるダナン大聖堂に行くみたいですね」
 リエンは笑顔で丁寧に答えてくれる。健太郎はそんなリエンが、かわいくて仕方がない。表情は確かに美咲に似ている。だがよく見ると明らかに違う。どちらかといえばカッコよさを兼ね揃えていた美咲と違い、リエンには可愛らしさが前面に出ている女性。おそらくは健太郎の好みのタイプ、顔なのだろう。

「やっぱりリエンさんは、恋人と過ごしたりするんですか?」健太郎はついに探りを入れる。「いえ、私はいません。誰か素敵な人がいればよいのですが」「そうか、それは寂しいですね」
「ボスは?」「え、あハハハハ! 僕も特に予定が無くて、ひとりでベトナムのビールでも静かに飲もうかなと」このとき健太郎は、チャンスだと思った。
「よし食事に誘ってみよう。さりげなくどう誘えばいだろう?」

 健太郎が頭の中で考えているとリエンが口を開く。
「ボス、だったら、寂しいもの同士で一緒にクリスマスを過ごしませんか?」リエンのほうからクリスマスの提案をしてきたので、健太郎は思わず肩がびくついた。「ええ、リエンさん!ぼ、僕とですか」
「ハイ、ボスは初めてのベトナムのクリスマスと聞きました。だから素敵なところを案内できます」

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 こうして、クリスマス当日。ふたりは夜にディナーの約束をした。ダナンの海側にあるシーフードレストランで、大きなカニやエビなどをたらふくいただく。
 最初は堅苦しいふたりであったが、徐々にお互いのプライベートな内容まで突っ込んだ話をする。お互いそばにいるだけで居心地がよく、ついつい会話が弾んだ。いつしか古くから知っている友人同士のようなふたり。
 お互いの呼び方も「リエン」「健太郎さん」と親しくなっていた。そしてロマンチックなロケーションは、ふたりの距離をさらに縮めていく。


 食後、タクシーに乗りふたりは、ダナン市内を流れるるハン川(Hàn giang)のほとりに出た。
 ビーチ側と都心側を結ぶ大きな川にはいくつか橋が架かっている。その中のひとつは特徴的だ。龍の形をした橋があり、ライトアップされていた。

ダナンドラゴン橋

「健太郎さん。ホラ、あれ昨年2013年に開通した世界最大の綱橋よ。正式な名前はCầu Rồng(ロン橋)。でもみんなドラゴンブリッジって呼んでいるの」「ドラゴンか、なんとなく強そうだな」
「この橋には1万5000個のLEDを使っているのがウリ」「へえ」
「それから今日はどうかわからないけど、たまに口から火を吐くようなショーをするらしいんだって」

「そうかぁ。リエンいろいろと詳しいなあ」健太郎はそういってリエンのほうを向くと、リエンははにかんだ笑顔を見せる。
 このとき健太郎はまるで横に美咲がいるように錯覚した。美咲を事故で失う数日前。あのときもこうやって夜の川べりをデートしたから、余計にそう感じてしまったのだ。
「美咲!」健太郎は思わず叫んでしまった。直後に顔色が変わる。それを聞いて振り返ったリエンの表情が固い。

「あのう、ミサキってなんですか?この前もそのキーワードを」「え、あ、ああ!」健太郎は背中から一筋の水が流れたような気がした。リエンの追及は続く。
「私が知っている日本語のミサキは、海に突き出た陸の先端の呼び方と、女の人の名前です。でもこのタイミングでは人の名前のような気がします」
 健太郎はふと川のほうに視線を置く。きれいに輝く橋の龍が怒りの目を向けているかのよう。健太郎は、もうリエンには隠し切れないと悟った。
「正直に言うよ。実は」と日本で死別した彼女の名前が美咲であることを伝える。リエンは静かに聞くと顔の表情はそのまま。「わかりました。つまり死んだ日本人の恋人の名前がミサキですね」

「そう、でももう彼女はいないし、それと君のことは関係がない。こう僕の好きな顔だっただけだ。何度も間違えて本当に済まない。多分俺が過去を引きずりすぎているんだ。誤解が無いように言うが、彼女と君は性格が全く違う」健太郎はとにかく真剣なまなざしで、リエンに言い訳を続ける。

「だけどやっぱり君のことが気になって仕方がないんだ。もう一度言う。美咲の代わりではない。嫌でなければリエン、君と付き合いたい」
 ついに健太郎は勢いで告白した。ダメ元である。断られても仕方がないという覚悟のうえで。

 リエンは下を向いた。数秒間の沈黙が流れると、ようやくリエンが健太郎のほうに視線を送ると口を開く。
「大丈夫、健太郎さん。私はそのミサキという人に似ているかもしれません。でも私は、その人以上になるように頑張ります!」

「ということは」「はい、私も健太郎さんが好きです」ようやく笑顔に戻るリエン。健太郎はそのままリエンに抱き着いた。
 しばらくして三たび橋を見る。今度はドラゴンが祝福しているように見えた。同じはずなのに、人間の感情でこうも変わるのか。

 こうして交際を始めたふたり。1年後のクリスマスに、同じドラゴンブリッジの前で健太郎がプロポーズをした。それを了承したリエンは、その半年後に正式に夫婦となる。それはちょうど4年半前のことであった。


こちらの企画に参加してみました。

本編の12月2日に担当しましたが、そのときのエピソードの外伝として、25日の特別編にも参加してみました。


こちらもよろしくお願いします。とりあえず最後まで行けたようです。

電子書籍です。千夜一夜物語第3弾発売しました!

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シリーズ 日々掌編短編小説 339

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