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電車で出会った忘れられない女

忘れられない女なんて聞くと恋人か何かのような響きであるが、そんな甘いものではない。2011年の9月のこと、なんとも奇妙な体験をした。

浜松行きの鈍行に乗っていたのだが、菊川辺りで乗車した女がどうにもこうにもインパクトがあったのである。

女は推定40overなのだか、いまだかつて見たこともない格好をしていた。

白いヒラヒラしたワンピースの上に「バーバリーのシャツ」を着て、更にその上に「ピンクの毛皮のコート」を羽織っていた。
足元は「黒いタイツに黒いブーツ」である。

眼鏡はふちだけでなく、レンズまでピンクで、その奥に見えるまぶたは、アイシャドーでピンクに塗られている。
まるで大人になったちびまる子ちゃんの「みぎわさん」である。

サムネ詐欺をここで詫びる。

別にこれが真冬なら、単なるインパクトのある女で済んだのだが、まだまだ温かい9月。
今から北海道でも行くんですか?という風貌で季節感が相当イカれていた。
そのような分厚いコートを着ているのはハウルの動く城の荒地の魔女以外私は知らなかった。

女は小洒落た革のトランクとルイヴィトンのバックを置き、私の隣に座った。

私は駅で配られた号外の震災の記事を見ていて、なんだか切なくなっていたのだが、女を一目見た途端にそれどころでは無くなってしまった。

イヤホンからはちょうど、KARAの「今贈りたいありがとう」が流れていたのだが、この女はイヤホンに目もくれずに話しかけてきた。

当時のイヤホンはコードタイプなので、明らかに音楽を聴いていることはわかるはずだった。

イヤホンを外すと

「朝日新聞って、日付がないんですか??」
と、突然わけのわからないことを聞かれた。

なぜ、話しかけられているのか?
とりあえずその荒地の魔女が着るような、分厚い毛皮は暑くないですか…?

などと関係のないことばかり頭によぎったが、新聞は号外であるということを伝えると「ぁあ~そうなんですか!!
うち、昔朝日新聞で……あ、今は中日新聞に変えたんですけど……ののちゃんっていうんですか??なんだか懐かしいなぁ……って思って、中日新聞は4コマ漫画がちびまる子ちゃんなんですよー、くだらないと思ってても笑っちゃうんですよね~。」と顔は笑ってないけど笑っていた。

私は興味がなさそうに「ぁあ、そうなんですか。」といって再び新聞に目を戻した。

いつもなら人さまにこんなにそっけなくすることはないのだが、あまり関わってはいけない気がしたのを本能的に感じたのだ。
しかし、女はそんな私のことなど何も気にせず話し掛けてくる。

「放射能で、子どもたちが外で遊べないのは可哀相ですよね…せっかくの夏休みだったのに…今は食品にも影響がありますしね…。」

この時は3.11の東日本大震災により、福島原発事故が起きてしまい健康や食の安全について問われていた時であった。
あまりのインパクトに忘れていたが、この人物は見かけによらずきちんとした人なのではないか?と少しだけ思った。

「そうですよね、静岡でもお茶に被害がありましたよね。」と私が返すと、

「天竜川の方にも被害があったって…あ、私浜松に住んでるんですが……。」

は、浜松…。

次は~掛川です。
というアナウンスを聞きながら、終点の浜松までこの女と一緒に居なければならないということを知ったのだった……。

別に隣にいるだけならいいのだが、この女は私が新聞を見ようとしても、何度でも話しかけてくる。

「私、中1の娘がいるんですよ。」
失礼ながらに衝撃であった。この女にもちゃんと家庭があった。

「お姉さんは独身ですか??」ときかれたので、そうですと答えると「じゃあ、婚活中ですか??」と更に掘り下げてくる。

「いやいや、結婚なんてまだまだ考えれないですよ。」と言いながらも、なんで初対面のコイツにこんなこと喋ってるんだろう…と虚しくなった。

女は「お姉さん、顔も結構整ってるから、婚活したらすぐに食いついてくるんじゃないんですかっ??」とふふんと笑い「髪も伸ばしたら女性らしくなりますよ。」とアドバイスしてきたので、大きなお世話だばーかばーか。と心の中でつぶやいた。

もうよせばいいのに、女のお喋りは止まらず、静岡のパルシェに行ってきた話を続けた。
クジラやBeefの缶詰め、ー富士山サイダー…を微笑みながらトランクから1つひとつ出して見せてくる。

※ちなみにパルシェとは静岡駅にあるショッピングセンターである。

こんなにピンクのオシャレをして、浜松から静岡のパルシェに行って、富士山サイダーを買って帰ってくるって一体…。そして、菊川で乗車してきたのは何故なのか…謎は深まるばかりである。

そして、女は遠い目をしてこう言った。
「でもダメですね~、パルシェの服売場はブランドが全然ない。ほら、私、オシャレが好きで。この今着てるバーバリーとか好きなんですけど~全然なくってぇ~…やっぱり浜松の方が服は良いですね~イオンもあるし。」

これには吹き出しそうになった。
そこまで語っておきながら、結局イオンを崇拝しているのだから…。もっとこう浜松なら遠鉄百貨店とかあるだろうが。

と心の中で富士山大爆発並なテンションでツッコミを入れた。
あと、やはりそのピンクとか諸々はオシャレだったのか…。
彼女のバーバリーもヴィトンも「オシャレです…!」と気まずそうにしてこちらを見ていた。

私が心の富士山をそっとしまって「泊まりでパルシェまで行ったんですね」と言うと、「あ、プチ家出なんですよ~」と無駄な冗談を挟んできた。
本当は娘のご飯を作るから家に帰るらしい。

娘は9月にピンクの荒地の魔女になって、電車の乗客に富士山サイダーとイオンについて語る自分の母のことを知ったらどう思うだろうか……。
いや、もしかしたら娘も同じ趣味で、全身パステルブルーだったりするかもしれない…。
旦那さんはどのような人なのだろうか…。すごく真面目なご職業なのかもしれない。……とイロイロよぎった。
もはやこの調子だと娘がいることも本当かはわからない…。

その後浜松に住んでいるからなのか、うなぎパイの裏話を教えてもらった。
今となれば内容は全然覚えてないのだが、当時は知らなかった内容があり、不覚にも聞き入ってしまった。
女は「でも~うなぎパイの歌ってダサいですよね~もっとカッコイイ歌なら良かったのに〜SMAPに歌わせて“世界にひとつだけのうなぎ”みたいな~アハハハは」と笑った。

全然面白くないし、語呂もあってないし、「世界にひとつだけのうなぎ」は余計ダサいと思った。
女は一瞬にしてSMAPを枯らした。

車内は静かで、私たちの声しか響いていないのが恥ずかしかった…。
チラチラ見てくるそこのオッサンに言いたい!……私とこの女は他人ですよ!他人ですよ!とアピールをしたが、むなしくも伝わってない。

すると女は突然「あの…K-POPは好きですか??」と聞いてきた。
私は驚いた。
当時はK-POPが好きで、KARAのファンクラブに入っているくらいだったのだ!

なぜ、私が好きなことを知っているのだ。
電車で隣の席になり…それなりに仲良くなってる?今、もはやこの女は私と同じYUKIという名前で、漫画NANAのような運命的な出会いなのかもしれない。
もしかしたら、ここから物語が始まるかもしれない。
そうならば、その物語には逆らえまい…。

私がKARAが好きなことを伝えると、女は少女時代派のようであった。
さきほどまで死ぬほど警戒していたくせに、不覚にもK-POPで少し心を許してしまい、そこから芸能人の裏側までこの女は延々と語り出した。

多分そういうのが好きで、フライデーとか、文春とか読んでいるのだろう。
伸介やAyu、上戸彩、少女時代、キムタクに工藤しずか、のりぴーの裏側まで語り出した。
もちろん本当なのかはわからないが、知らないことばかりでとりあえずふんふんと聞いていた。
うなぎパイのこともそうだが、知らないことを自信満々に語られると「ほぅ、そうなのか」となってしまう。

この女が情報商材屋なら今頃60万の教材に手を出、金を払っている勢いである。
この女は喋りがうまいのだ。
加えて服装にインパクトがあるから、今YouTubeでもやったらアタるかもしれない。
チャンネル名は「ピンクの荒地の魔女みぎわ」
「今日は、富士山サイダーを飲んでみようと思います…。」

そんな話に盛り上がりも見せたところ天竜川を渡り、ついに…「次は~浜松です~。」のアナウンスが!…助かった!

女はしみじみ「なんか不思議ですよね~、こうやって名前も知らない二人がK-POPについて熱く語るなんてぇ~。」とつぶやいた。

私も最初は警戒していたけど、なんだかんだでこの女は結構いいやつではなのか?と思い始めていた。

しかし、最後の最後までこの女は私を裏切らなかった…。

別れ際に突然「Can you speak English??」と言ってきたのだ。

もう何のスイッチが入ったのか、訳がわからない。
「どうしたんですかいきなり!?」
と言っても、めげずに英語で聞いてくるので、こちらも冷や汗もの。
表情が変わらないのがより一層怖さが増す。

私は薄ら笑いを浮かべながら「NOですよ~。」と流した。

まったく変な女であった。さすがの私もこれには「oh,oh!YES」などとノって返したくない。

女はめげずに
「What's your name??」と聞いてきて、結局私はあたふたしながら「My name is YUKI」と返事をするハメとなった……。

「って…ぜーんぜん日本人なんですけどねー!!…See you YUKI!」と言って女は消えていった…。

脱力感でいっぱいとなった。
私の名前に反応しなかったことから、彼女の名前はYUKIではないらしい…。そりゃそうだ。NANAのようにここから物語が始まってたまるか。

一体あの女はなんだったのだろうか…?一瞬でもあの女に心を許してしまった私って一体…。

ボヤボヤしてたら女の名前を聞き忘れてしまい、それがいまだに心残りである。

よく、サービスエリアでサイダーが売ってるのをみるたび、名前を聞きそびれてしまったあの女のことを思い出す。

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