ゆうゆう白書
これは
君には君の
俺には俺の乳酸菌でおなじみの
ゆうゆうさんに贈る記事です。
彼のことを
「侍みたいな人だよね」
と称する人がいる。
おそらくそれは
長い髪の毛やひげといったバガボンドの宮本武蔵のような風貌や
普段の一見クールな雰囲気からは想像できないほどの、胸に秘めたるじりじりとしたゆるぎない熱さ、熱意
に対してのものだと思う。
視座が高い人だな....とは思う。
けれども、私はそれだけではなく
近い
遠い
を意識的に変えることができる人だと思っている。
ミクロとマクロの世界。
腸内環境に携わる研究が表すように、粒子の細かいものを見つめるような分析能力と、HR(Human Resources:人的資源)の経験・知識から備えられた、集団から離れて俯瞰的に物事を捉える能力。
人や物から、近づいたり遠ざかったり。
彼が行ったり来たりを繰り返す様は、気持ちのフットワークの軽さを感じさせる。
自分を変化させることに躊躇がないのは、たぶん彼の「軸」がいつも動かずにしっかりしているからだと思う。
ゆるぎない軸。
どっしりとした柱。
「いつでも迷ったらここにおいで」
と、その柱には大きな安心感を覚える。
そういう気持ちをさり気なくまわりに置いておける人なんだと思う。
だからみんなその柱に背中を託せるのかもしれない。
どのように過ごしてきたら、このような人になるんだろう…..と、私は度々思うことがある。
しかし、それは全ては露わにならずに、ミステリアスさに包まれている。
あまり自分のことをベラベラと話すような人ではないからだ。
そこがまた魅力の一つでもある。
にこにことしながら佇んでくれている。
「ゆうゆうさんのお誕生日」ということなので……!
今日は私が感じている
彼の本質的な魅力について
勝手ながらに書き記しておきたい。
noteで知り合えたきっかけは私の「ネコ」の記事だった。
私がネコにまつわる記事を書いたら、それこそ、その黒ネコのアイコンが示すように、コメント欄にくねんと体を寄せて来てくれた。
交流を始めて…..とにかく彼の記事は毎回毎回おもしろいのだ。
かすみさんとがっちり組んで、rikaノートやまねび茶屋での良きアドバイザー的な印象が最初にあり(かすみさんがゆうゆうさんを「ドラゴンボールのカリン様」に例えていたのは記憶に新しいところである)
ゲーム好きな一面もあり(同い年だから、遊んでいたゲームや読んでいた漫画が重なるのだ)
熱い気持ちを炸裂したりしている。(これは記事の内容もかなりつきささるのだが、コメント欄が熱いので読んでもらいたいなぁと思っている)
私が今日書くのは
この中の
どれにも重なるし
どれにも当てはまらない部分
でもある。
私と彼を繋ぐ本がある。
どんなきっかけでおすすめされたのか忘れてしまったが、とにかく私は、ある時彼にこの本をすすめられたのだ。
夜に読み始めたのを覚えている。
窓から入ってくる月の光が綺麗だったことも。
私は本を閉じることもなく、一気に読み進めてしまった。
そして、私の中にふつふつと生まれた光のような希望のような、小さなカケラのような気持ちを、とにかく彼に伝えたかった。
たぶん突然のことでびっくりしたとは思うのだけれども、私は半ば泣きそうになりながら、とりとめもなくあふれでる、たよりなくゆっくりとした小さな声を届けるのに必死だった。
私は本を読んでいると忘れたくないところにすぐ線を引きたくなってしまう。
読んだ当時、引いた線の箇所を辿ってみると
と、いったところにピンクの蛍光ペンが引かれている。
おそらく、ここだけ読んでも、この記事を読んでいる方にはわからないだろう。
でも、ここであえて本の説明はしない。
私が表現すること、生きていること自体が、どこかの誰かを傷つけていること。
私の期待されているかもしれない役割と、私のやりたいことと、わたしでいることのバランスを取るために、心がずぶ濡れになってしまう日もあること。
でも、それでも、誰かのために、自分のために、声を張り上げたい、何かを守りたい気持ちがあること。
このnoteに何かを綴ること自体に対しての不安があったこと。(それは今も全てが払拭された訳ではない)
それらに対してイエスでもノーでもない世界を手繰り寄せて、届けてくれたことに
私は救われる想いであった。
同い年ということで、noteで唯一敬語を使わずやりとりさせてもらったり「くまこ」と呼んでもらえることを、私はなぜか誇りに思っている。
やはり多くは語らないが
彼の柱には
よく見ると
ところどころに傷が
ついているのではないかと思う。
それは
たくさんの
雨や
風や
雪や
津波などの
避けられなかった
あえて自ら
引き受けてもいるような
出来事に
彼が真摯に取り組んできた証拠なのではないかと思うし、きっとその傷に対してはいちいち説明することもこの先はないのかもしれない。
私は、彼の視線の先に何があるのか、いつも気にしているのだ。
次は何を見ているのか
それは近いもの?
または遠いもの?
いつも彼は投げかける。
あなたの見ているそれは
本当にそうなっていますか?
世界はそのように動いていますか?
あなたはそれでいいと本当に思っていますか?
視線のむこう側への問いかけは
必ず希望をはらんでいることを
忘れてはならない。
今日も当たり前を当たり前にしない努力をしている人がいることが
私にとっての希望になっていることを、感謝と共に伝えたいと思う。
サポートは読んでくれただけで充分です。あなたの資源はぜひ他のことにお使い下さい。それでもいただけるのであれば、私も他の方に渡していきたいです。