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小4、初めて作ったガンプラの話

言ってしまうと私はガンダム世代ではない
特に興味もなかった
それでもテレビで夕方なんかにやっていたから
わけわからんままに眺めていた幼少期
後からわかるんだけどコレは再放送だったらしい
何度目かは知らないけど

時は経ち
ロッテのビックリマンチョコブームがひと段落して
一部の富裕層の子供達が親に箱で買い与えられシールだけ抜き取り食わずに捨てられるチョコレート菓子
(社会問題になった)も減り
やれやれと思っていたら
今度はバンダイが仕掛ける

周りの子供たちは
空前のカードダスブーム
3頭身くらいのミニガンダムのイラストが印刷されているカードを専用の機械で買う
ホログラムのキラキラカードが欲しくて金を突っ込む
私はこれにも反応しなかった

子供の頃から天邪鬼だったのか

まぁそんなたくさんお小遣いがある訳でもないし

そんな私にある人
親戚のおじさん
親父の兄貴(8人兄妹の長兄、戦争にも行った親戚の中の英雄。私の自宅の近くに愛人がいてよくうちの家にも連れてきてた猛者。子供心に奥さんと違う女の人?なんで?と思ってはいたが変に空気を読める子供だったので聞かなかった聞いたらダメなやつだと察した。

親父とは一回り以上違うし長兄と下から二番目と言う縦社会、うちの家建てる時相当な金を『コレ使えと』ドンと渡されて頭が上がらない人。
私はと言うと子供がいないこの叔父には大変よくしてもらった記憶しかない。早くに亡くなったのが悔やまれる。私が成人する頃まで生きていたら私の人生は変わっていたかもしれないと思うほどデカい存在だった。亡くなって30年以上経っても未だに叔父の話になったりする。

そんな叔父が手土産にプラモデルを買ってきてくれた
人生初プラモデル

小生たしか小学4年生

ガンダムのプラモデルだと言う

ガンプラだ

私の上の世代ではまだ流行っていたのかな?
詳しくないんだけどゼータガンダムとか?
わーいわーいガンプラだーーー!!
(あんまし興味ないけどなんて言えない)
でもプラモデル自体が初めてで作った事もなく嬉しかったことは間違いない

袋から箱を出す
ちゃんと包装紙でプレゼントラッピングされていた
紙のセロハンテープをめくり
いざご対面
デデーーン

旧ザク

え、、

なんですかこれは、、

私がいくらガンダムに詳しくないと言っても

コレがザクなのはわかります

量産型ザクでももうちょっとカッコいい

バズーカ持ってたり斧持ってたり

まさかの丸腰ストロングスタイル

オレはこの拳ひとつで黙れでも黙らせた

ラオウかよ

よりによってなんでそのクソダサい旧ザクなのか

売れ残りを模型屋の親父に掴まされたなおじさん、、

そうとしか考えられない

コレと

コレの

どっちがカッコいいかくらい
おじさんでもわかるだろ(当時50歳くらいか)
子供が喜びそうなの
どっちかわかるだろ

作りましたよ
接着剤がなかったので近所の模型屋で買ってきて
それなりにら楽しかったよw
カッコいいとは思わなかったけど
プラモデルを作ると言う作業が楽しかった
接着剤の臭いでラリってたのかもしれない

それからミニ四駆ブームが到来
私もそれなりにハマりましたコレは
タイヤをスポンジ製にして
軽量化を色々やってモーターをグレードアップ
ギアを交換してハイギヤ化
電池の消耗がひどいので充電池導入etc

しかしミニ四駆も金をかければかける程
早くなるシステムw
凡人には限界があり富裕層には勝てない仕組みが
ガキの頃からありましたなあ(遠い目

ミニ四駆に接着剤使うような工程はなかったけど
プラモデルの仲間
それからお城を作り
中学生になり
車を作りバイクを作りと
ちょいちょい組み立ててたね

説明書に一通り目を通し
部品順番に切り
切り口をヤスリで綺麗に慣らして
丁寧に作るよう集中する時間
色を塗る時間
接着剤の臭い、塗料の臭い
嫌いじゃあなかった

キッカケは叔父くれた旧ザクのプラモデル
30年経っても鮮明に覚えている記憶
久しぶりにプラモ作りたくなった

今なら何作るかなあ
軍艦と戦車だな人形もいる
大人の財力を舐めるなとジオラマとか手を出しそうで

何も悪いことじゃないんだけどなんかねw

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