最低の男 5

第五章 価値
「被告人に対して5321万円の賠償金、および3年間の執行猶予を言い渡す!」
裁判では裁判官がそう命じた。そうだ、結子は5321万円になったのだ。5321万円は、まだ若い結子が今後稼ぐであろう金額に対して割引率を勘案して算出されたものらしかった。ちなみに俺が死んだならば賠償金は3億円を超えたらしいとおしゃべりな弁護士が俺に伝えた。
 身寄りのない結子の身寄りと称して、遠い親戚が次々から次へと現れてきた。皆、一様に同じ顔をしていた。その顔を覚えるために脳の容量を使うことさえ嫌だった。こいつらが結子の代わりに死ねばよかったのだ。どうして今になってお前らが現れるんだ。お前らは彼女のために何かしてあげたのか?
裁判後、被告人がぽつりと呟くのが聞こえた。
「・・・よかった、こういう時のために車両保険に入っていて・・・」
 気づいたら叫び出していた。全てが金で換算され、罪を金で解決したり、命さえも金で計算されることに耐えられなくなった。
 俺の人生は金を稼ぎ、勝つことに目的を置いてきた。俺より稼いでいないやつらは全員敗北者だ。数字で見える価値が絶対的なのだ。俺は競争に勝った勝者だ。勝者は幸せを掴むべきだ。ただ、金のないあいつらの方が幸せを掴んでいるような気がして仕方なかった。そうだ、その一方で、俺は心底金というものを憎んでいた。金が金以上の価値を生み出さないことを本当は知っていたのに、知らないふりをしていたんだ。
 親父は、全く金にならない歴史の研究者であった。しかしながら歴史というものは人類の今後の発展に何らかの形で寄与するものであるし、知的好奇心を満たせるという観点から非常に重要な仕事だと俺は常々思っていた。ただ母親はそんな親父を攻めた。
「あなたの稼ぎが低いのが悪いのよ!」
 俺が二階のベッドで寝た後、一階からはそんな怒声が響いていたのをよく覚えている。あんなに優秀で、人間的にも優れた親父が金のせいで母親に文句を言われるのが耐えられなかった。俺は金だけは稼ごうと思った。
でも、その過程で俺は大事なものを見失っていたらしい。結子の死で改めてその事実に気付かされた。自分の存在理由を失った俺は、そのまま倒れ込んだ。
 そこから先はよく覚えていないが、気づいたら俺は自宅にいた。東京の夜景がきらびやかであるが、それはただの明かりに過ぎなかった。額縁に飾ってあるどこかの現代画家が書いた線は、ただの線であった。

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