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畑を始めるきっかけと気付き。

畑をやっていく中で無肥料無農薬で栽培ってなるとやはり有機物がいるわけで、

畑と田んぼはセットだなぁとつくづく思う。

堆肥作りで米ぬかやら畑には敷き藁などの藁、稲藁、籾殻…etcが必要になってくるので、それも全部、自給できたらとなると次は田んぼかな?

元々、米どころ出身な私としては稲藁類をホームセンターで買うのはちょっと悔しい。笑

子供の頃は野菜をスーパーで買うというより、
母に頼まれた野菜を、ボウルやザルを片手に裏の畑から収穫するというのが当たり前の光景だった。勿論、お米も自分の家のもの。

段々と家族も仕事が忙しくなり、祖母も亡くなって、田んぼや畑を手放してしまったけど、あの頃の生活がどんなに豊かだったのか、、!

最近ようやく身に染みています。。。(遅い)


以前から買い物は投票だと思っていたので、無農薬の野菜を作ってる人を買って応援はしていたけど、自分で作ろうと思わなかったし、足りない野菜はスーパーで買うことも多かった。

けど、ある時不自然な仕組みに気付いてしまったのだ。

スーパーの野菜たちは安く、美味く、綺麗に見た目揃える事を求められる。

そのため、

↓手間を減らすため農薬は避けれない。

↓運送料コストもかかる。

↓利益を出すため、見た目、形をキレイに揃えて、大量に収穫するためF1種が使われる。


こういった仕組みになってしまう。

実際の農家さんで《出荷用》と《自分たちで食べる用》と分けて作ってる農家さんも少なくないらしい。

農家さんは悪くない。けど、

これを聞いたとき、矛盾していると思った。
スーパーの野菜を買うことで《不自然な仕組み》を助長させてるのかもしれないと気付いたとき、自分の食べる分くらいは自給しようと思ったのだ

〜〜〜〜〜

自然界で見れば見た目が全部同じ企画サイズなんてありえない。
野菜なんかひん曲がってたり。ぼてっとしてたり。

人間でも綺麗な人もいれば、大きい人、小さい人、細い人、太ってる人、色々います。

全部同じ見た目、綺麗が求められるよりF1種的な考えより、
《みんな違ってみんな良い》ってそれぞれの良さを見つける考えの方が私は好き。

それでもどうしても足りない野菜はな住んでる近くの地場野菜を買うようにしようと思う。

まず種を蒔き、小さくても自分の食べる分を少しでも無理ない範囲で自給していきたい。少なくとも戦前はそうやってきたはずだ。

大量生産、消費の時代はもう終わりにしよう。


今後、食料難がくるかもしれない。

仕事が無くなるかもしれない。

災害でお家無くなるかもしれない。

何が起こるかわからないからこそ《衣食住》自給できる人は最強だと思う。いま出来ることから少しづつ!千里の道も一歩から。


種を繋いでいき、余った種は何処かの誰かに嫁に出していき、うちの畑で絶えたとしても誰かの畑で生き残っていくかもしれない。

そして、誰かの畑で育った種が我が家に嫁に来て欲しい。そうやって人から人へ旅していく。

早くうちの畑の種も誰かに嫁にもらってもらえるようになるのが小さな夢で目標です。







みつけてくれて どうも ありがとう◎